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第3話

 目を覚ますと、キラキラと朝日に輝く王子様スマイルが眼前にあった。  寝て起きたら本当に全部夢だった……なんて展開を密かに期待していたのだけどそれはなかった。 「おはよう、叶愛」 「おはよ……」  挨拶もそこそこに叶愛は真っ先に壁にかけられた鏡を覗き込む。  目が覚めたら美少年になってるかも……とも期待していたけど、そこに映っているのは全然見慣れない平凡モブ顔だった。  がっかりして、深い深い嘆息を漏らす。  そんな叶愛に、クリスはにこにこと声をかけてくる。 「お腹は空いた?」 「んー? そういえば、空いたかも」 「じゃあ、ここに運ばせるから一緒に食べよう」  暫くして二人分の料理が運ばれてきて、当然のようにクリスは叶愛を膝に座らせそれを食べさせ、動くのもだるくて心身共に疲れきっていた叶愛は当然のように食べさせてもらう。  お腹が満たされた叶愛は再び睡魔に襲われる。クリスにゆっくり休んでていいよと言われて、叶愛は遠慮なく惰眠を貪った。  慣れないこの体とこの環境に疲れが取れないのかやたらと眠くて、次の日もその次の日も、叶愛は殆どの時間を眠って過ごした。  けれど三日も経てば、頭も体もスッキリして普通に活動できるようになっていた。  食べて寝るだけの怠惰な生活を送っていたとき、叶愛の世話を焼いていたのはクリスだ。そしてこうして元気になった今でも、彼はなにかと叶愛の世話を焼く。元々甘やかされることが日常だった叶愛はすっかりそれに慣れて、今もベッドの上で大人しくお風呂上がりの体にクリームを塗られていた。  本来ならば王子であるクリスの方が傅かれる立場だろうに、なにが楽しいのか彼はにこにこと叶愛の世話を焼く。服を着せてもらったり、食事を食べさせてもらったり、お風呂で体を洗ってもらったり、こうして体にクリームを塗ってもらったりしている場面を誰かに見られでもしたら、王子になんてことをさせているんだと叶愛は酷く咎められただろう。平凡モブ顔のくせにいい気になるなとか、立場を弁えろとか、どの面下げて王子に世話をさせてるんだとか、それはそれは大変なことになっただろうが、幸い誰にも見られることなく叶愛は快適な日々を過ごしていた。 「そういえば、クリスって三人兄弟なんでしょ?」 「うん、そうだよ?」 「僕、勝手にお城に住んじゃってるけど挨拶とかしなくて大丈夫? お兄さん達と、あとクリスの両親にも」  叶愛は牢屋を出てからクリスとしか顔を合わせていない。クリスの家族は叶愛のことをどう思っているのだろう。クリスの婚約者だと紹介されたら、全員クリスの護衛のような反応をするのではないか。  なんでこんな平凡モブ顔を選んだのかと。こんな平凡モブ顔男との結婚は認められない、とか言い出して叶愛を城から追い出してくれないだろうか。 「ああ、大丈夫だよ。ここは私専用の城だから」 「えっ……!?」 「私達兄弟は、三人それぞれ別の城で生活しているんだ。父と母は長男と一緒に一番大きな城にいるよ」 「なにそれすごい贅沢過ぎない!?」  どれくらいの大きさか把握していないが、この城だって決して小さくはない。 「なんでそんなにお金あるの? 国民から税金搾り取ってるの? 国民に貧しい思いさせて、王族だけ贅沢な暮らししてるの? ここって近い内に反乱とか起きそうなヤバい国なの!?」  荒れ狂う国民達が城に押し寄せ、無力な叶愛は逃げることもできず蹂躙される。  そんな想像をして青ざめる叶愛を見て、クリスは穏やかに笑う。 「そんなことはないよ。税金は良心的な金額だし、国民から不満の声が上がってきてはない」 「えー、ほんとに?」 「それなら、一緒に町に行ってみる?」 「………………行くっ」  叶愛は大きく頷いた。  町を見てみたい、という思いも確かにあった。けれど目的はそれだけではない。  町へ行けば、叶愛のような平凡モブ顔はあちこちに溢れているはずだ。恐らくクリスは殆ど町に足を運ぶことなどなかったのだろう。だから知らないのだ。叶愛のこの平凡な容姿は珍しくもなんともなくて、簡単に見つけられるのだということを。だから、はじめて叶愛のような平凡な顔を目にしてその物珍しさに心を惹かれたのだ。町へ行けば、叶愛よりもクリスの好みの平凡がきっと見つかるはずだ。そして、クリスは叶愛への興味をなくす。婚約も白紙に戻り、叶愛は自由になれるかもしれない。  そんな考えが頭に浮かんだのだ。 「行く、行く、絶対行く!」  興奮して身を乗り出す叶愛に、クリスはクスクスと笑みを零す。 「ふふ。それなら、早速明日行ってみようか」 「うん!」  叶愛はキラキラと瞳を輝かせ、ベッドに横になった。 「明日に備えてもう寝るから。おやすみ!」 「そんなに楽しみなの? 小さな子供みたいで可愛いね、叶愛。おやすみ」  よしよしと頭を撫でられ、完全に子供扱いされても全く気にならなかった。それよりも、早く明日にならないかと、叶愛はワクワクしながら目を閉じた。  そして翌日。楽しみすぎてなかなか眠れず、叶愛が目を覚ましたのは昼よりも少し前の時刻だった。それから朝食兼昼食を食べて、クリスにお出掛け用の服を着せてもらい、一緒に城を出た。クリスはお忍びなのでローブを纏い、フードを被って一応顔を隠している。叶愛とクリスから少し距離を置いて、護衛も目立たない格好をして後ろからついてきていた。  クリスに手を引かれ、胸を踊らせながら町を見て回ること一時間。叶愛は愕然とした。  平凡な顔立ちの者などどこにもない。すれ違う人全員、美男美女だ。子供もお年寄りも、漏れなく顔が整っている。 (そ、そんな……)  人混みに紛れれば確実に見失う平凡モブ顔だと思っていた叶愛は、逆に誰よりも個性的な顔をしていた。なんの特徴もないことが寧ろ浮いているのだ。 「な、なんだよ、この国……」  呆然と呟く。  なんともやるせない気持ちが込み上げてくる。  よくよく思い出せば、城にいた護衛や兵士の顔も全員キリッとして端整だった気がする。自分が大好きであまり他人の顔に興味がなかったので、今まで全く気づかなかった。  なんということだろう。この世界には平凡という属性が存在しないのだろうか。 (だったらなんで僕をこんな平凡な顔で転生させるんだよ……!) 「うぅっ……」  悔しさに唇を噛み締める。  この変態王子から逃げられると思ったのに──。  叶愛は絶望に満ちた瞳で傍らのクリスを見上げた。 (僕はこのまま、この変態の嫁にされるしかないっていうの……)  悲しくなってきて目に涙が浮かぶ。すると、視線に気づいたクリスと目が合った。 「どうしたの、叶愛? そんなうるうるした目で見つめてきて。いやらしいことしてほしいなら、今すぐ城に帰ろうか?」 「違うから! 変な勘違いしないでよ!」 「そうなの? 可愛い目でじっと見てくるから、てっきりそうなのかと……」  ぽっと頬を染めはにかむクリスをギロリと睨めつける。 (僕のどこが可愛いっていうんだよ!)  美男美女で溢れる町中で言われても、嫌みにしか聞こえない。  ギリギリと歯噛みする叶愛の心情など気づかず、クリスは問いかけてくる。 「それで、町を見てどう思った?」 「へ?」 「国民が重税を課せられているように見える?」 「あ……」  すっかり忘れていたが、そういえば町に来るきっかけはそれだった。顔ばかりに気を取られ、彼らの暮らしぶりなど見てなかった。  改めて町を見回すが、活気と笑顔に溢れる豊かな国、という印象だ。貧民街のようなものも見当たらず、国民全員が大きな貧富の差もなく暮らしているようだ。国民が大きな不満もなく生活を送ることができているということは、それだけ国が潤っているのだろう。 「王様は、国の経営が上手なんだ……」  賑やかな町中を見て、ぽつりと呟く。  少なくとも、好き放題に贅沢三昧しているわけではないようだ。 「まあ、そうだね……」  叶愛の呟きに、クリスは薄く笑みを浮かべて相槌を打つ。  反乱とかがないのなら、叶愛はそれでいい。  クリスの好みの平凡を見つけるという目的は果たせなかったのは非常に残念だ。折角町まで来たのだし、こうなったら純粋に観光として楽しもうと叶愛は気持ちを切り替えた。  クリスの案内で町中を歩き回り、見慣れない物を見ては彼に尋ね、説明を聞いて感心したり驚いたりしている内に落ち込んでいた気持ちも浮上した。 「あ、あれはなに? 甘くていい匂い」 「焼き菓子だよ。中にクリームが入ってるんだ」  たち並ぶ露店の一つを指差せば、クリスはすぐに答えてくれた。  一口サイズのコロコロとした小さな焼き菓子から、香ばしい匂いが漂ってくる。 「食べてみる?」 「いいの?」 「もちろん。買ってくるから、少し待ってて」  クリスは露店へ近づいていく。  離れた場所から見ている護衛は、王子をパシリに使うなんて何様だ、と叶愛に憤りを抱いていることだろう。  そうは思ったが叶愛は無一文だし、この世界の通貨もわからない。だから仕方ないのだ。心の中で言い訳して、叶愛は近くにあったベンチに足を向けた。そこで座って待ってようと思ったのだ。  その途中、叶愛の前を通り過ぎようとした子供が躓いて転んだ。 「あっ、大丈夫……!?」  叶愛は慌てて駆け寄った。  痛みに顔を歪めながら体を起こす子供に手を差しのべる。 「ほら、掴まって」  子供が叶愛を見上げる。  顔を見ると、前世で庇った子供と同じくらいの年齢だった。  あの子は、あれからどうなったのだろう。叶愛が自分の命と引き換えに救った命を大切にして日々を生きてくれているだろうか。  前世に思いを馳せていたが、まじまじと叶愛を見つめる子供の視線に気づいて我に返る。 「どうしたの? もしかして足を捻っちゃった?」  首を傾げる叶愛を見て、子供はぎゅっと眉を寄せた。 「…………変な顔」  思い切り顔を顰め、子供は叶愛の差し出した手に掴まることなく自力で立ち上がり走り去っていった。  変な顔。変な顔。変な顔。変な顔。  叶愛の頭の中で子供の声がリピートする。 「へ、変な、顔……この僕が……天使の生まれ変わりだと褒め称されてきた僕が……へ、へ、変……」  大打撃を受け叶愛はよろけた。  そして気づく。自分に向けられる周りからの視線に。  嘲笑するような、憐れむような、奇異なものを見るような、気味悪がるような、侮蔑するような。  色んな視線が叶愛に向けられていて、そのどれもが決して好意的なものではなかった。彼らは叶愛を完全に見下していた。 「叶愛、お待たせ」  背後から声をかけられ、振り返ると紙袋を持ったクリスがそこに立っていた。  クリスの慈しみの滲む瞳に見つめられ、叶愛は彼の首に抱きついた。 「わっ……どうしたの、叶愛?」 「帰る」 「もういいの?」  叶愛は頷き、帰りたい、とクリスに訴えた。  縋りつく叶愛を引き剥がすことなく、クリスはそのまま叶愛の体に腕を回して抱き上げた。見た目は線の細い王子様だが、クリスの体はしっかりと鍛えられていて、危なげなく叶愛を抱えたまま歩きだした。 「じゃあ帰ろう。お菓子は帰ってから食べようね」 「ん」  叶愛はクリスの首にぎゅうっとしがみつく。周りの視線から隠すように、彼の首筋に顔を埋めた。 「ふふ、甘えてすり寄ってくる猫みたいで可愛い」  クリスの甘い甘い囁きが耳に届く。叶愛にそんな言葉をかける者はきっと彼しかいない。  前世にいた世界であれば、今の叶愛は平凡で地味というだけのただ目立たない存在だっただろう。けれどこの世界では、笑いものなのだ。  とことん可愛がられ褒められ甘やかされ、称賛しか浴びてこなかった叶愛は人の悪意に慣れていない。一気に大勢からそれを向けられ、叶愛の受けるショックは大きかった。  深く落ち込んでいた叶愛だが、城に帰りクリスに買ってもらった焼き菓子を食べさせてもらっている内にすっかり立ち直っていた。  悪口には繊細で傷つきやすいが、気持ちの切り替えが早いのだ。美味しいお菓子で簡単に笑顔になり、そんな叶愛をクリスはにこにこと愛しげに見つめていた。  叶愛の着る服は、クリスが毎日用意する。そして手ずから叶愛にそれを着せるのだ。叶愛は文句もなくそれを着る。  前世では、自分の着る服は自分で選んでいた。自分に似合う服を探し、それを完璧に着こなすことが快感だった。自分を美しく着飾るのが趣味だった。着替え一つにたっぷり時間をかけ、鏡の前でその出来映えを堪能していた。  けれど今は、なにを着てもなにも楽しくない。清潔な服であればそれでいいという気持ちだった。だから鏡で確認することもない。  今日もいつものように、クリスが嬉々として叶愛の着替えを行っていた。  胸元のボタンを一つ一つ留めていくクリスを見つめながら、叶愛はふと頭を過った疑問を口にする。 「僕達って、まだ結婚してないよね?」  叶愛が彼との結婚を承諾してから一週間くらい経っている。叶愛はこの国の結婚についてはなにも知らない。もしかして知らない内に既に自分が彼の妻になっているのではないかと不安になったのだ。 「うん。色々あって、すぐに結婚というわけにはいかないんだ。待たせてごめんね」  別に全然待ってはいないけど、と申し訳なさそうに眉を下げるクリスに心の中で言っておく。  それよりも気になることがあった。 「結婚ってさ、やっぱり結婚式とかするの……?」  叶愛は恐る恐る尋ねた。 「そうだね」  すると予想通りあっさりと肯定された。  彼は王子だ。きっとたくさんの招待客を集め、盛大な式を開くことになるのだろう。  それを想像して、叶愛はぶるりと震えた。サーッと血の気が引いていく。 「もしかして僕、ウエディングドレスとか着るの?」 「え? 別にドレスじゃなくても、男性用の礼服でも大丈夫だけど……。でも私はドレスを着てほしいな」  なにを想像しているのか、クリスはうっとりと遠くを見つめている。  そんな彼に呆れつつ、叶愛は躊躇いがちに訊いてみる。 「結婚式って、絶対しなきゃダメなの……?」  正直、叶愛は嫌だった。この変態王子と式を挙げることが、ではなく、式を挙げれば確実に自分が笑いものになるとわかっているから。  参列者は全員顔が整っていて、当然綺麗に着飾っていて、新郎であるクリスも王子に相応しい礼装で頭のてっぺんから爪先まで完璧に磨き上げられて、そんな華やかでキラキラした式の中で、叶愛だけが浮いている。  今の叶愛がどれだけ綺麗なドレスに身を包もうと、ドレスが綺麗であれば余計に、参加者達の目に叶愛の姿は滑稽に映るだろう。  嘲笑されるのが目に見えている。隣に並ぶクリスが美麗だからこそ、叶愛のいびつさは際立つ。  式の最中、ずっと参列者に陰口を囁かれるのだ。全然お似合いじゃないとか、王子の隣に並んで恥ずかしくないのかとか、身の程を弁えろとか散々言われて、ぷーくすくすくすって笑われるのだ。  そんな一生のトラウマになりそうな式を挙げるのは嫌だ。前世であれほどちやほやされてきた自分が、大勢の人間から容姿を小馬鹿にされ冷笑を浴びながら結婚式を挙げるなんて、叶愛のプライドが許さない。  この国の結婚式がどのようなものかは知らないが、叶愛にとって決していい思い出として残らないのは確かだろう。  百歩譲って結婚は受け入れるとしても、それだけは耐えられそうになかった。 「僕だけ病欠とか、誰かに代理を頼むとか、そういうのって絶対無理なの……?」  会場内に嘲笑が響き渡る悲惨な結婚式を想像して泣きそうになり、声が震えた。  表情から叶愛の切実な思いを察したらしいクリスが、宥めるように頭を撫でてくる。 「叶愛は式を挙げたくないの?」 「うん……」 「叶愛が嫌なら、しなくてもいいよ」  あっさり言われて、叶愛は目を丸くする。 「え!? いいの!?」 「いいよ。叶愛の可愛いドレス姿、誰にも見せたくないしね」  やはりクリスは感覚が人とずれているようだ。  叶愛のドレス姿を見ても誰も可愛いとは思わないし、クリスが独占欲を剥き出しにするようなことには絶対にならないというのに。 「で、でも、クリスは王子でしょ? そういうの、ちゃんとしないとダメなんじゃ……」 「私は三番目だし、なにがなんでも結婚式を開かなくてはならないということはないよ」 「ほ、ほんと? ほんとにいいの?」  心の傷を作らずに済むのかと、安堵に叶愛の表情は緩んだ。  クリスはにっこりと笑い、「その代わり」と言葉を続ける。  嫌な予感に叶愛は身構えた。 「な、なに……?」 「ドレスは着てほしいな。叶愛にぴったりのウエディングドレスを作らせて」 「……まあ、クリスに見せるだけならいいよ」  ドレスを着て人前に出なくていいのなら別にいい。 「もちろん。私の前でだけ着てくれたらいいよ」 「絶対に、少しも他の人に見せないでよ。試着とかでも嫌だからね。僕が一人で着れないドレスなら、クリスが着せてよ。絶対絶対、クリス以外の人の前では着ないからね」  嗤われたくない叶愛は必死に念を押す。  クリスはそれを聞いて嬉しそうに口を綻ばせ、うん、うん、と頷いた。 「じゃあ、近い内に採寸しよう」 「わかった」 「それから、」 「え、なに……?」 「私の言うことを聞いてほしいな」  クリスの言葉に、叶愛は警戒するように眉根を寄せる。 「結婚式の代わりに、一回だけなんでも言うこと聞けってこと?」 「ううん。一回だけじゃなくて、この先ずっと」 「はあ!? 嫌だよ!」 「断ってくれてもいいよ。叶愛が絶対受け入れられないことなら。でもそうじゃないなら、できるだけ私の要求を飲んでほしいな」 「ほんとに、嫌なら断っていいの? 強要しない?」 「叶愛が心の底から嫌なら断っていいし、強要もしないよ」 「痛いこととかしない? 鞭で叩いたり……」 「ふふ。そんなことしないよ。叶愛がしてほしいなら頑張ってみるけど」 「してほしくないから!!」  言い返しながら、叶愛は考える。  王子である彼が式を開かずに結婚を済ませるのはきっと簡単ではない。叶愛にはわからないが、大変なことなのだろう。  叶愛のわがままで彼に苦労をかけることになるのだから、それくらいの条件は我慢して飲むべきだろう。なにより叶愛が嫌なのは結婚式で笑いものになることだ。それを避けられるのなら、ある程度のことは耐えられる。それに、嫌なら断れるのだから悪い条件ではないはずだ。 「…………わかった」 「叶愛が断るのは、叶愛が絶対受け入れられないと思ったことだけだよ?」 「うん」  クリスの確認に、叶愛はこくんと頷いた。 「ドレスのことも忘れないでね」 「わかってるよ。僕との約束も忘れないでよ」 「うん。叶愛のドレス姿を見ていいのは私だけ。他の誰にも見せないよ」  そう言って、クリスは叶愛の小指に自分の小指を絡めた。  この世界にも指切りがあるんだと感心しながら、心配事がなくなったことに叶愛は心から安堵していた。

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