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第6話

 ほんのり残酷描写あります。 ───────────────── 「叶愛、一緒にお茶にしよう!」  ノックをして返事も待たずにドアを開ける。仕事の合間の休憩に、クリスは叶愛に会いに来た。叶愛と一緒に過ごすのがクリスにとって一番の癒しなのだ。  それに、もうすぐ仕立て屋がやって来る予定だ。ウエディングドレスを作るために採寸が必要なのでクリスが呼んだ。その時間に合わせてこうしてやって来て、休憩のついでに採寸に立ち会うつもりだった。  いつもならノックをしてすぐにドアを開けたら叶愛から文句が飛んでくるのに、今日はそれがない。それどころか、叶愛の姿が見当たらない。 「叶愛?」  嫌な予感がして、クリスは部屋の中を捜し回った。浴室にも寝室にもいない。ソファの上には読みかけの漫画、テーブルには食べかけのクッキーに飲みかけの紅茶。叶愛がソファの上でごろごろしていたであろうことが窺える。それなのに、叶愛の姿だけがない。  部屋の外へ捜しに行こうとしてドアを開けると、メイドと仕立て屋がちょうどやって来たところだった。 「あっ、クリス王子、あの、仕立て屋の方を連れてきたのですが、実は……」  メイドは酷くおろおろしている。  今すぐに叶愛を捜しに走り出したい気持ちを抑え、とりあえずメイドの話を聞くことにした。 「どうしたの?」 「仕立て屋と名乗る別の方が、一、二時間ほど前に訪ねていらっしゃいました……。それで、こちらのお部屋に案内したのですが……」  クリスはメイドの後ろに控える仕立て屋を見る。道具の入った鞄を持った、年配の女性だ。 「先に来た仕立て屋はどんな人だった?」 「若い、女性の方で……」  今、ここにいるのがクリスが依頼した本物の仕立て屋だ。つまり、その若い女性というのは偽物で、なんらかの目的があって仕立て屋に成り済まし城に入り込んだのだろう。恐らく、叶愛がいないのはその侵入者のせいだ。  逸る気持ちを落ち着かせ、とりあえずクリスは仕立て屋に謝り、帰らせた。叶愛がいないのでは意味がない。気のいい仕立て屋の女性は、謝るクリスにとんでもないと首を振り、嫌な顔もせず帰っていった。  それを見送り、クリスは再びメイドに尋ねる。 「それで、その仕立て屋に成り済ました人物の特徴は? なんでもいいから、気付いたことはなんでも話してくれ」 「は、はい……。深くフードを被っていて、しっかりとお顔を拝見することはできなかったので……気のせいだとは思ったのですが……チラッと見えたお顔がユーフェミア様に、似ていらっしゃいました……」  名前を聞いて、その存在を思い出す。クリスの元婚約者だ。勝手にクリスの婚約者として宛がわれ、だがクリスは彼女と結婚したくなかったので婚約は破棄した。そのとき、彼女は泣いて追い縋ってきたがクリスはそれを拒絶した。  クリスを恨み、復讐するために叶愛をさらったのだろうか。クリスを苦しめるためなのか、金銭目的なのか。  考えたところで答えは出ない。それよりも今は一刻も早く叶愛を捜し出さなくては。  メイドに部屋を回って叶愛を捜すように命じ、クリスは足早に廊下を進む。廊下の隅に佇む見張りの兵士に声をかけた。 「叶愛がここを通らなかった?」 「いえ、見ておりません」  兵士は淀みなく答えるが、クリスはそれを信用しない。この廊下を通らなければ、クリスの部屋からどこへも行けないのだ。部屋にいないということは、確実に叶愛はここを通っているはずだ。  つまり、この兵士はユーフェミアとグルなのだろう。彼が叶愛のことをよく思っていないのは知っている。唆されたのか金のやり取りがあったのかは知らないが、ユーフェミアに協力している可能性は高い。 「そうか。実は叶愛がいなくなってしまって、捜しているんだ。君にも協力してほしい。ついてきてくれ」  クリスの命令に僅かに動揺を見せながらも、兵士はついてきた。  クリスは城の出入り口の兵士二人にも叶愛を見ていないか尋ねたが、見ていないと答えが返ってきた。この二人も協力しているか、それとも叶愛は城内にいるのか、はたまた隠し扉から外へ連れ出されたのか。隠し扉の存在は、ユーフェミアは知らないだろうがクリスに同行するこの兵士は知っている。協力者から隠し扉の存在を教えられたなら、ユーフェミアがそれを利用しようと考えてもおかしくはない。  クリスは隠し扉のある場所へと足を進めた。兵士は黙ってついてくる。  そこへ辿り着く前に、その途中にある部屋からフードを被った人物が慌ただしく出てきた。その人物はこちらに気付くことなく、まっすぐに隠し扉のある方へ走っていく。  クリスは急いで後を追い、一か八か声をかけた。 「ユーフェミア嬢!」  フードを被ったその人物が、ギクリと体を竦ませる。クリスの元婚約者で間違いないようだ。  足を止めた彼女に素早く近づく。  ユーフェミアは振り返り、震える手でフードを脱いだ。  顔を見ても、確かに元婚約者はこんな顔だったような気がする、としかクリスには思えなかった。事前にメイドに話を聞いていなければ、顔を見ても誰だか思い出せなかったかもしれない。それくらいクリスにとって彼女の存在は興味が薄く、曖昧だ。 「私の城に許可なく侵入し、なにをしていたのですか?」  冷たい声音で尋ねれば、ユーフェミアは青ざめ視線をうろうろとさ迷わせながら言い訳を口にする。 「も、申し訳ございません、勝手に入ってしまったことは謝ります……! でも、わたくし、どうしてもクリス王子にお会いしたくて……!」 「私に? なんのために?」 「婚約は破棄されてしまいましたが、わたくしは今でも貴方をお慕いしております! もう一度、クリス王子にお会いしたくて……その気持ちを抑えきれず、それで、こんなことを……。本当に申し訳ありません……」 「私に会いに来たというなら、何故こんなところにいるのです? あの部屋から出てきたところを見ましたが、あそこでなにを?」 「そ、それは、その……道に迷ってしまって……それで、あの部屋で少し休んでおりました……」 「君は仕立て屋と偽ってメイドに私の部屋まで案内させたんだろう? 部屋で待っていればよかったじゃないか」 「あっ、その……」  追い詰められて、ユーフェミアは忙しなく視線を動かす。  動揺しているのは明らかで、けれど彼女は本当のことを話すつもりはないようだ。どうにか切り抜けようと、言い訳を続ける。 「お部屋に、叶愛様がいらっしゃって、それで、わたくし、あの方に罵倒されて……」 「へえ? 叶愛がそんなことを?」 「え、ええっ、そうなのです! わたくしがクリス王子の元婚約者だと知ると彼はとても焦った様子で、クリス王子には会わせないと言い張って、わたくしを突き飛ばして酷い言葉をぶつけてきたのです……!」 「叶愛が君に乱暴を働くなんて……それは可哀想に、怖かっただろう?」 「ええ! ええ、そうなのです!」  ユーフェミアは大きく頷き、熱心に告げ口する。  クリスは彼女に同情するような表情を浮かべ、否定せずに聞いていた。 「わたくしを睨み付けて、早くここから立ち去らなければ暴力を振るうと脅してきたのです! わたくしはとても怖くて、クリス王子にお会いすることを諦めて逃げてきたのです……」 「そうだったのか」 「クリス王子、叶愛様は恐ろしい方です。あんな野蛮で低俗な人、とてもクリス王子に相応しいとは思えません! すぐにでも、婚約を破棄すべきです!」 「だが、私はもう身を固めなければならない。父上にきつく言われているんだ。これ以上結婚を先のばしにすることは許さないと。叶愛と婚約を破棄しても、次の相手はすぐに見つからないだろう」  顔を曇らせるクリスに、ユーフェミアはここぞとばかりに身を乗り出してきた。 「わ、わたくしがおります!」 「ユーフェミア嬢が……? しかし私は、君との婚約を破棄してしまった……そんな愚かな私ともう一度婚約なんて、嫌だろう?」 「いいえ! いいえ、とんでもございません! わたくしは心からクリス王子との結婚を望んでおります……!」  ユーフェミアの瞳は爛々と輝いている。しっかりと期待を滲ませクリスを見つめる彼女の目に嘘は感じられない。 「そうか……。君はまだ私と結婚したいと、そう望んでいるのか……」  ユーフェミアに言っているようで、それはクリスの独り言だった。  つまり、それが彼女の目的ということだ。  クリスがユーフェミアに話したことは全て嘘だ。彼女の目的が知りたくて、話を合わせただけだった。それがわかれば、あとは叶愛の居場所を聞き出すだけだ。  ユーフェミアににこりと微笑みかける 「今すぐ、もう少し込み入った話をしても?」 「は、はい! もちろんです!」 「ではこちらの部屋に」  クリスはユーフェミアが出てきた部屋のドアを開け、彼女を中へと促す。口を挟まず、ずっと背後に控えたままの兵士も、中に入らせた。  クリスは後ろ手にドアを閉め、内側から鍵をかける。 「さて」  クリスは兵士に顔を向け、彼に命じた。 「ユーフェミア嬢を後ろから押さえてくれ。逃げられないように」 「え……?」  命じられた兵士と、それを聞いていたユーフェミアがぽかんと、同じような表情を浮かべる。  戸惑い動こうとしない兵士に、クリスは平坦な声音で言葉を重ねた。 「私の声が聞こえなかったのか? それとも私の命令に逆らう気か?」 「いっ、いえっ……」  兵士は慌ててユーフェミアの背後に回り、彼女を羽交い締めにした。  ユーフェミアは蒼白になり、クリスと兵士を交互に見つめる。 「く、クリス王子、こ、これは……な、なにを、なんで……っ」 「ユーフェミア嬢、私の質問に正直に答えてほしい。叶愛をどこへやった?」 「っし、知りません、そんな、わたくし、なにも……っ」  ユーフェミアの視線が激しく動く。 「叶愛と最後に会ったのは君だ。部屋の中に、叶愛の姿はなかった。叶愛は自分から部屋の外へ出たりしない。君が連れ出したんだろう? 叶愛はどこ? 城内にいるの? それとも外へ出したのか?」 「知らない、知りませんっ、わ、わたくしは、なにもしていません……っ」 「そう。答えてくれないのなら仕方がないね」  冷ややかに吐き捨て、クリスは兵士へ視線を向けた。 「彼女の口を開けさせて」 「は、え、く、口、ですか……?」 「そうだよ、早くして」 「は、はい……」  兵士はユーフェミアを羽交い締めにしたまま、躊躇いがちに彼女の口に指をかけた。ユーフェミアは嫌がり身を捩るが、動かないで、と強い口調でクリスが命じれば怯えて抵抗をやめた。 「もっと大きく開けさせて」 「っはい……」  背後から押さえつけられ、無理やり他人の指で口を大きく開かされ、ユーフェミアは不快感となにをされるのかわからない恐怖に瞳を揺らす。  クリスはしっかりと手袋をはめ直し、護身用の短剣を取り出した。  鞘を投げ捨てれば、剥き出しの刃が露になる。  ユーフェミアはビクッと肩を震わせた。じわじわと瞳に涙が浮かび、開きっぱなしの口から荒い息を吐く。あうあうと、言葉にならない声を上げる彼女の舌をクリスは指で摘まんで引っ張り出した。  ぐっと指が食い込むほど強く舌を掴み、そしてそれを短剣でざっくりと切り離した。  ユーフェミアの声にならない悲鳴が室内に響く。痛みにもがき、けれど体を押さえられて動けない。  錯乱状態の彼女を冷めた目で見据える。そんなクリスを、兵士は正気を疑うような目で見ていた。 「く、クリス王子、なにを……」 「彼女は私の婚約者を誘拐した疑いがある。拷問して聞き出すのは当然のことだろう」 「聞き出すもなにも、これでは……」 「心配はいらないさ」  クリスは切り離した舌を元の場所へ近づけた。すると、時間が逆戻りするように流れた血はするすると切断部へ戻り、切り離されたはずの舌もぴったりとくっついた。 「あああ……!?」  ユーフェミアは声を上げ、自分の身になにが起きたのかわからず混乱していた。  兵士も驚き、彼女の口から手を離す。  まるで状況を理解できていない彼女の顎を掴み、クリスは目線を合わせる。 「ひっ……」 「もう一度言うよ、ユーフェミア嬢。私の質問に正直に答えてほしい。もし嘘をついたり、答えを拒んだりしたら、私はその都度君の舌を切るよ」 「ひぃああっ、やっ、やぁあっ、ゆ、許し……っ」 「正直に話してくれさえすれば、痛い思いをすることはないんだよ? わかるね?」 「ぃやっ、いやぁっ、お願い、お願いします、許して……っ」 「余計な発言をしても切るよ。肉を切り離される痛みを何度も味わいたいなら好きなだけ嘘をつくといい。心配しなくても、何度でも元に戻してあげるよ」 「ぁああっ、は、話す、話しますっ……だから許してくださいぃっ」  彼女は一度で心が折れ、自分のしたことを全てぶちまけた。  嘘をついて叶愛を部屋から連れ出し、ここへ連れてきた。そして彼に催眠と睡眠の効果のある薬を水に混ぜて飲ませた。薬の影響を受けた叶愛は彼女の言葉に従い、城を出た。彼女は金を払い、三人の男に叶愛の殺害を依頼した。  恐慌に陥ったユーフェミアのめちゃくちゃな説明を聞き、それらの情報を得た。幸いにも、彼女は叶愛が連れ去られた場所を知っていた。人の寄り付かない、廃墟だ。そこで叶愛を殺すことになっていると彼女は言った。  ユーフェミアの処分は後回しにして、クリスはそこへ急いだ。  王の直系の男児は、なんらかの能力を持って産まれることが多い。現王も、クリスの兄である第一王子も第二王子も、それぞれ特殊な能力を持っている。第一王子は未来を見る能力を、第二王子は遥か遠くを見ることのできる能力を。  代々第一王子は未来を見る力を高確率で持ち、その能力のお陰でこの国は他国よりずっと豊かなのだ。  そしてクリスが持つ能力というのが、クリスが人の体を切り離せばそれを元に戻せるというものだ。治癒というわけではなく、元に戻すのだ。  この能力を使って詳しい実験など行っていないので、クリス自身正確に自分の能力を把握しきれていない。  十年以上前、次兄と真剣を使って手合わせをしていたときだ。クリスは剣を弾くつもりが誤って次兄の指を切り落としてしまった。気が動転していたクリスは切り落とした指をくっつけて戻そうとしたのだ。冷静であればそんなことをしてもどうにもならないとわかっていたが、そのときクリスはパニックに陥りかけていた。  しかし、どうにもならないはずの指が次兄の手にくっついて、元に戻ったのだ。  そのときはじめて、クリスは自分の能力を知った。このことがなければきっと一生気付かなかっただろう。このときまで、自分は能力を持たずに産まれてきたのだと思っていたのだ。  決して、怪我を直せるという能力ではない。  切り離さなければならない。ただ切りつけただけでは駄目だ。だが切断すれば、刃物でもなんでも、道具を使っても使わなくても、とにかくクリスが切り離せば、それを傷痕も残さず元に戻せる。但し、生きている人間にだけ有効な力だ。  王とその直系がなんらかの特別な力を持って産まれるということを知るのは限られた極一部の者だけだ。だが、クリスの能力を知る者は更に少ない。それこそ、父と二人の兄くらいだ。なにせ使うことがない。全く役に立たない力。次兄の指を元に戻せたのは心からよかったと思えたけれど、拷問くらいにしか使えない。それがクリスの持つ能力だった。  ユーフェミアから聞き出した廃墟に到着し、クリスはかけられる制止の言葉を無視し護衛を置いて真っ先に中に足を踏み入れた。耳を澄まし、音の聞こえてきた方へ急ぐ。  声が耳に届いた。 「おいコイツ、気絶しやがった」 「チッ、起きろよ、まだまだこれからなんだからよ」 「また水ぶっかけるか?」 「また汲んでくるのかよ、めんどくせー」  クリスは腰に提げてきた剣を鞘から抜き、会話の交わされるその場所に乗り込んだ。  三人の男と、そして床に転がる小さく丸まった体。  無惨に傷つけられた叶愛の姿を目にした瞬間、クリスは無意識に足を進め、男に近づき、剣を振るった。腕を切り落とされた一人の男が、悲鳴を上げて床に蹲る。  続いて入ってきた護衛に男達の捕縛を任せ、クリスは叶愛の傍らに膝をついた。  酷い暴力のあとは窺えるが、気を失っているだけでちゃんと息はある。撫でて思い切り抱き締めて叶愛の存在をしっかりと確かめたかったが、痣だらけの体のどこに触れても叶愛に痛みを与えてしまうだろう。  クリスは泣きそうに顔を歪め、消え入りそうな小さな声で叶愛の名前を呼んだ。

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