7 / 9

第7話

 目覚めると、真っ先に飛び込んできたのはクリスの顔だった。 「叶愛! 目が覚めたんだね!」 「ん……クリス……?」  ぼんやりと彼の顔を見つめながら体を動かそうとして、痛みに顔を顰めた。顔も体もどこもかしこもズキズキする。 (なんで……)  叶愛はベッドに寝かされている自分の体を見た。布団から出ている腕は包帯を巻かれ、その隙間から痣が覗いていて痛々しい。  そんな己の惨状を見て、自分の身に起きたことを思い出す。  叶愛はぽつりと零した。 「僕、殺されなかったの?」 「そうだよ……っ」  答えるクリスの声は不自然に震えていて、思わず視線を向けてぎょっとした。クリスの双眸から、ぼたぼたと涙が溢れている。 「え、なんで泣いてるの……?」 「だって叶愛、一日経っても目を覚まさないし、こんなに傷だらけで、ぼろぼろで……見つけたときなんてぐったりして名前を呼んでも全然反応が返ってこなくて……っ」 「クリスが見つけてくれたの?」  唇も口の中も切れているようで、話すだけでも痛みが走る。 「ごめん、叶愛っ……。もっと早く助けられれば、叶愛がこんなに傷ついて痛い思いをすることなんてなかったのに……っ」  クリスの綺麗な碧眼が、涙で濡れてキラキラと輝いている。  彼は酷く自分を責めているようだが、騙されたとはいえ叶愛が自分の意思で城を出たのだ。狙われたのがクリスのせいだとしても、彼女の言葉に唆されたのは叶愛だ。 「僕、自分でここから逃げようとしたんだよ」 「それは違うよ。叶愛は薬を飲まされたんだ」 「薬……?」 「その薬のせいで叶愛は相手の言葉に従ってしまったんだよ」  言われて、あの元婚約者にもらった水を飲んだことを思い出す。あれは薬を飲ませるためだったのかと納得した。あのとき、彼女の言葉をすんなりと受け止め、彼女の言うことが正しいのだと信じ、行動してしまったのはそのせいだったのか。  思えば、不自然なことは色々あった。疑問は感じていたのに、叶愛はそれを気にしなかった。もっと警戒すべきだったのだ。  自分の迂闊さに呆れる。前世では周りからとにかく大事にされてきたので、警戒心が薄いのかもしれない。 「叶愛、ごめん、ごめんねっ……私のせいで、可愛い叶愛が……私の叶愛が、こんなに酷いことをされて……っ」  さりげなく「私の」とか言ってくるところがクリスだ。  こうして助かった今、叶愛に彼を恨む気持ちはなかった。あのまま殺されて、殺されたことも気付かれず、クリスがあの元婚約者と幸せになっていたら恨んだだろうが、クリスは叶愛の危機に気付きこうして助け出してくれたのだ。  前世だったら顔を少しでも傷つけられようものなら烈火のごとく怒り当たり散らしただろうが、モブ顔の今は別に顔を傷だらけにされてもそこまで感情的にはならない。  だから、別にもういいか、という気持ちだった。助けてくれたということは、あの三人の男も捕まってきちんと処罰してくれるのだろう。叶愛はもうそれでよかった。  痛みを我慢して腕を持ち上げ、いつまでも泣き続けるクリスの頬に触れる。指で涙を拭えば、クリスは目を丸くする。 「叶愛……」 「別に謝んなくていいよ、クリスのせいとか思ってないし」 「叶愛……私のことを怒っていないの……?」 「怒ってないよ。でも、身体中痛いんだから、クリスがちゃんと僕の面倒見てよ」 「もちろんだよ! 四六時中、付きっきりで叶愛のお世話するね!」 「そこまでしなくていい。幸い、骨折とかはしてないみたいだし」 「ええっ」 「仕事はちゃんとしなよ。しないならクリスにお世話してもらわないから」 「………………………………わかったよ」  クリスはしょぼんと肩を落とし、頷いた。  今までもクリスにあれこれしてもらう生活を送ってきたので、体を満足に動かせないこと以外は特に不満もなかった。  クリスにご飯を食べさせてもらうのもすっかり慣れている。ただ口の中があちこち切れて料理を口に含むだけで沁みて痛い。優しい味付けの料理を、涙目になりながら少しずつ少しずつ食べる。  毎日の着替えや包帯を替えるのもクリスがしてくれた。面倒を見てと頼んだのは叶愛だが、全ての包帯を替えるのはなかなかに時間がかかり大変な作業だ。さすがにそこまでさせるのは申し訳なく、それは医者にしてもらうと言ったのだが、クリスがやると言い張って聞かないので仕方なく彼にしてもらっている。  そうしてクリスに甲斐甲斐しく世話を焼いてもらいながら数日が過ぎ、体に巻かれる包帯は減り、赤黒かった痣も薄くなってきた。 「大分マシになってきたね。痛みもなくなってきたし、ご飯も美味しく食べられるようになったし」  叶愛は包帯のほどかれた自分の体を見下ろし、微笑んだ。  未だ残る傷を消毒してから、クリスが新しい包帯を巻き直す。 「ねえ叶愛、傷が完治したら一緒に旅行に行かない?」  そう言われて、叶愛はぱちぱちと瞬いた。まさかそんな誘いを受けるとは思わなかったので、驚いてしまう。 「え、なんで?」 「あんなことがあったし、叶愛のいい気分転換になるかなって思って……。叶愛は部屋でゆっくり過ごす方がいいかな?」  どうやら気を遣ってくれているようだ。クリスは変態で自分の欲望に忠実だけど、こうして叶愛の為にも色々考えてくれるのだ。 「でも、大丈夫なの? クリスは仕事あるのに」 「それは大丈夫だよ。ちゃんと許可はもらってるし、私が数日いなくなっても問題はないよ」  どうやら既に根回しは済んでいるようだ。叶愛の為にと考えて提案してくれたのだ。断る理由はない。ずっと部屋に籠りっぱなしで、確かに気分転換はしたかった。 「それなら行きたい!」 「よかった。じゃあ怪我が治ったら行こうね」 「うん、楽しみにしてる」  叶愛の言葉に、クリスは嬉しそうに相好を崩した。  叶愛との旅行に備え、クリスは精力的に仕事に取り組んだ。叶愛の為ならばこれくらい苦ではない。  一人で執務室に籠り、ただひたすらに仕事をこなす。叶愛の笑顔を思い浮かべながら、サラサラと書類にペンを走らせていった。 (可愛い叶愛、私だけの叶愛……)  外見だけは完璧な王子様のクリスが、でれでれと脂下がった顔で仕事をしている姿は幸いにも誰にも見咎められることはなかった。  その可愛い可愛い叶愛を貶めようとしたユーフェミアのことは許せないが、それなりの身分の家の娘である彼女を罪に問うのは難しい。だが、彼女はあの一件ですっかり怯えクリスの顔を見ただけで顔面蒼白になり震えだすようになっていた。あの様子では二度と叶愛に手出しすることはないだろう。寧ろもう関わりたくないと思っているはずだ。元には戻っても、舌を切られる恐怖と痛みは刻まれ消えることはない。充分に心に傷を負ったであろう彼女のことは、放置することにした。  だが、叶愛に直接暴力を振るったあの三人の男は今も城の地下牢に繋いでいる。クリスが切り落とした腕は元に戻したので、三人とも五体満足で生きている。簡単に殺すつもりはない。死なないように水と食事を与え、自ら命を絶ってしまわないよう鎖に繋いで口に布を詰め込んでいる。  三人を捕らえてから、クリスは護衛や兵士や使用人を連れて何度か地下牢へ足を運んでいた。そして彼らの前で、第三王子の婚約者に暴行を働いた罰として三人の男のあらゆる箇所を切り落とした。元に戻してはまた切り落とす。最後はきちんと元に戻して終わらせる。別にクリスが痛みに悶え苦しむ様を見て楽しむためではない。護衛達に見せつけるためだ。  叶愛を傷つければこうなると、教えているのだ。  ユーフェミアに協力した、あの兵士のような者が二度と現れないように。因みにあの兵士には三人の男の見張りを命じている。日に日に精神が壊れていく男達を見て、彼自身も徐々に憔悴していってるようだ。  これで、叶愛を害そうなどと考える者はいなくなるだろう。叶愛を傷つけたり、侮る者はいなくなるはずだ。  けれど、すすんで叶愛に近づこうともしないだろう。  叶愛の不興を買い、クリスに告げ口でもされたらどんな罰を受けることになるかわからないのだから。実際、叶愛は余程のことがない限り告げ口などしないだろうが、叶愛の性格なんて誰も知らない。だから不用意に近づけない。  それでいい。  叶愛を大切に愛でるのはクリスだけでいい。  叶愛の存在を蔑ろにはせず、だが過保護に構わない、一定の距離を保って接してくれればそれでいい。  叶愛を構うのはクリスだけの特権なのだ。  叶愛が信じ、頼れる者はクリスだけ。そう本人に思い込ませれば、叶愛の世界はクリスの存在で占められる。  クリスだけを見て、クリスだけに話しかけ、クリスだけに触れてくれる。  叶愛を自分に依存させたい。  仕方なく一緒にいるのではなく、絶対にクリスと離れたくないと思うくらいに。クリスに傍にいてほしいと、望んでほしいのだ。  他の誰でもなくクリスだけを特別だと、必要なのはクリスだけだと叶愛に思ってほしい。  けれどやはり、一人くらいは叶愛を命懸けで守ってくれる護衛は必要だ。クリスは常に叶愛の傍にいられるわけではない。今だって、叶愛は部屋に一人きりだ。こんなとき、陰ながら叶愛を見守ってくれる存在がほしい。決して裏切らず、無闇に近づかず、迷わず叶愛の為に命を捨てられるような存在が。  それについては今度じっくり考えることにして、クリスは無心になって仕事に取り掛かった。  もうすぐ叶愛の怪我も完治する。そうしたら、叶愛とラブラブ二人旅行に行ける(実際には護衛がついてくるので二人きりではないが、クリスの中では護衛の存在は無視されている)。その日が今から待ち遠しかった。  叶愛の怪我は治り、身体中につけられた痣も消えた。痛むところもなく、すっかり元通りだ。  そして、約束していた旅行に行くことになった。  馬車に乗り、休憩しながら一日かけて移動した町に用意されていたのは船だった。船に乗り、三日かけて海の向こうの国に行くのだという。  決して小さくはない船はクリスが貸し切り、他の客はおらず、贅沢な船旅がはじまった。  はじめての船にはしゃぐ叶愛を見て、クリスも終始ご機嫌だった。  海の水はとても澄んでいて綺麗だ。叶愛はデッキから海をじっと見つめる。色とりどりの魚が泳いでいる姿もはっきりと目に映った。  瞳をキラキラさせながら海を眺めている叶愛を、海には目もくれずクリスがうっとりと見つめている。クリスの視線がウザいのはいつものことなので、すっかり慣れた叶愛は気にしない。 「これから行くのってどんな国なの?」 「貿易が盛んな国だよ。色んな国から、色んなものが集まってくる」 「へぇ、楽しみ」  想像もつかない未知の国に、叶愛は胸を踊らせた。  陽が落ちてきて、クリスと一緒に船室へ移動する。当然のように叶愛はクリスと同室だった。部屋は充分過ぎるほど広いので別にいいのだが。  翌日、叶愛は船内を見て回りたかったがそうするとクリスもついてくるというのでやめた。クリスが来るということは、必然的に彼の護衛もついてくる。叶愛の散歩に護衛を付き合わせるのは気が引けた。だから叶愛は殆どの時間を部屋の中で過ごした。昼はデッキに出てそこでクリスと昼食を食べ、少しまったりしてからまた部屋に戻る。  部屋で、クリスは持ってきた仕事を片付けていた。仕事と言っても急ぎではなく、時間があれば目を通す、という程度のものだ。  ソファに座って書類を読んでいるクリスに、叶愛は膝枕してもらっていた。別に叶愛が頼んだわけではない。ベッドに横になろうとしたら、こっちに来て私の膝を枕にして、とクリスに言われたのだ。  そんなわけで叶愛は彼の膝に頭を乗せ、ソファに寝そべり本を読んでいた。クリスがくれた歴史書だ。叶愛は国についても、この世界についてもなにも知らないのだ。だから少しずつこうして勉強している。  クリスは叶愛が知識をつけるのをあまりよく思ってなさそうだったが、暴行事件の責任を感じているらしく、叶愛が寝たきりの状態のときに勉強したいと言えば、色々と本を渡してくれたのだ。  部屋にいるときは大体こんな風に過ごし、夜は当然のように一緒のベッドで寝る。  裸に剥かれ、自身も裸になったクリスが、ぎゅうぅっと叶愛の体を抱き締めた。 「ちょ、苦しいってっ……」 「だってあんなに傷だらけで、ずっと叶愛に触れなかったから……っ」 「もうわかったってば」  叶愛は諦めてクリスの好きにさせる。そうしないと、クリスが包帯だらけのあの状態の叶愛を見てどんなに苦しかったかを切々と聞かされるのだ。完治してからずっとこの調子だ。あの一件は、叶愛よりもクリスの方が精神的ダメージが大きかったようだ。  クリスは叶愛を強く抱き締めて、ぐりぐりぐりぐり頬擦りしてすーはーすーはーすーはーすーはー匂いを嗅いでくる。叶愛は大袈裟に甘えてくる犬だと思うことにした。  そうしながらも、クリスはしっかりと叶愛に愛撫を施し快感を与え、時間をかけてゆっくりと体を繋げる。旅行中なので叶愛の体力を根こそぎ奪う激しい抱き方はせず、甘やかすような緩やかな行為だった。セックスをしない、ということはなく行為は毎晩続けられたが。  本を読んで海を見てセックスする、そんな三日間の船旅は終わり、辿り着いた国に叶愛はクリスと共に降り立った。  叶愛の暮らす国は整然と建物が建ち並んでいるが、ここは統一性がなく雑然とした雰囲気だ。建物の形も高さも様々で、町を歩く人々の服装も様々だ。色んな国の文化が入り交じっているという印象だった。  感嘆の声を上げ、物珍しげにキョロキョロと視線を動かしていた叶愛は重大な事実に気付く。 (平凡がいる……!)  通行人の殆どが凡庸な容姿をしているのだ。向こうの国では平凡な叶愛が平凡であるがゆえに目立っていたが、ここではキラキラ輝く王子様フェイスのクリスが目立っている。これこそ、叶愛が求めていた普通だ。  平凡が蔓延るこの国は、クリスにとってはウハウハパラダイスなのではないか。彼が叶愛一人に執着することはなくなるのではないか。  クリスに視線を向ければ、彼はいつもと変わらずにこにこと叶愛を見つめていた。気付いてないのだろうか。周りはクリス好みの平凡で溢れているというのに。  叶愛はクリスの服の裾をくいくいっと引っ張った。 「見てよクリス、あの人!」  叶愛は少し離れた場所を歩いている、まさに平凡といった人物を指差した。  クリスはそちらへ顔を向け、首を傾げる。 「あの人が、どうかした?」  不思議そうに尋ねられ、叶愛の方がどうしたと聞き返したくなった。 「えっ? いや、よく見てよ」 「見たよ?」 「いやだから、どうかなって……」 「どうって、なにが?」 「あの人のこと、どう思う?」 「? 別にどうも思わないよ? 知らない人だし」  叶愛のことは初対面でいきなり熱烈なキスをぶちかまし顔面を舐め回してくれやがったのはクリスの方だというのに。  あの人だってあんなに平凡な顔立ちをしているのに、クリスの反応は思っていたのと違う。  叶愛は別の、いかにも平凡という人物を指差した。 「あっ、じゃああの人は!? あの白い服着てる人!」 「あの人がどうかしたの?」 「いや、クリスはどう思うの!?」 「どうって……ただ歩いてるなって思うだけだけど」  クリスの反応はやはり薄い。表情も叶愛に向けられるものと全然違う。  おかしい。全然食いつかない。まるで興味がなさそうだ。  そんなわけない、と叶愛はめげずに同じことを繰り返した。 「ほら、あの人! あの人はどう!?」 「一生懸命働いてるね」 「可愛いって思うんじゃない!?」 「可愛いとは全然思わないよ」 「あっ、あっちのあの人は!? メイド服似合いそうとか思ったりする!?」 「思わないよ。叶愛はすごく似合ってたから、また着てくれる? 今度はメイドの叶愛にご奉仕してほしいなぁ」 「ああ! あそこ! あの人にウエディングドレス着せたいとか思う!?」 「私がウエディングドレスを着せたいって思うのは叶愛だけだよ」 「よく見てよ! あの人だよ!?」  そんなやり取りを延々続けたけれど、クリスが可愛いと褒めたりキスしたり顔を舐め回したりすることはなかった。叶愛と出会ったときのように興奮した様子もない。  叶愛には、常に甘く熱っぽい視線を向けてくるくせに。 (平凡モブ顔が好きなんじゃないの……!?)  それなのに何故無反応なのだろう。大好きな平凡があちこちにいる。選り取り見取りだ。それなのに殆ど見向きもしないなんて。  胡乱げな視線を向ければ、クリスはきょとんと叶愛を見つめ返す。 「どうしたの、叶愛。そんなに熱い瞳で私を見て……。早く二人きりになりたいの?」  嬉しそうに頬を撫でられる。相変わらず勘違いの激しい王子だ。 「もう夕方だし、観光は明日にしてホテルに行こうか」  無駄に疲れたので、叶愛は大人しくクリスに手を引かれるままホテルへ向かった。  道中、すれ違う人は端正な顔立ちの者もいるが、やはり平凡な顔立ちの者の方が多い。平凡が普通に生活し、嘲笑の的になることもない。叶愛もこちらの国でなら見下されず、普通の生活を送ることができたはずだ。それなのに、どうして叶愛は顔面偏差値がずば抜けている向こうの国にいたのか。 (やっぱり僕への嫌がらせなんじゃないの?)  叶愛の美しさに嫉妬した神が、叶愛を平凡に生まれ変わらせ最も住みにくい国に放り出したのではないか。そんな風に思えてならない。  勝手な想像を膨らませている間にホテルに着いた。最高級のホテルの最上階の高級感溢れる部屋も、やはりクリスと同室だった。  レストランで食事をして、部屋に戻ってシャワーを浴び、そして自然な流れでベッドで体を重ねる。 「明日に備えて、今日もゆっくり優しく抱くからね」  そう言ってクリスは微笑む。しないという選択肢はないようだ。  じっくりと丁寧な愛撫に、叶愛はぐずぐずにされる。  クリスの触れるところ全てが気持ちよくて、胎内に彼の熱を受け入れると脳髄が痺れるような快感に包まれた。  堪らなく気持ちよくて、はしたない嬌声がひっきりなしに口から漏れて、快楽に蕩けただらしない顔を晒してしまう。  そんな叶愛を見つめ、クリスは陶然と目を細め、可愛い可愛いと繰り返すのだ。愛おしむように何度も口づけ、叶愛の名前を呼ぶ。  その甘さに酔い、頭がくらくらした。 「あっあんっ、可愛い、とか、言わなくていい、からぁっ」 「どうして?」 「僕、みたいな顔なんて、あっひぁっ、たくさんいるのに、な、なんでっ、僕だけ、可愛いって、言うの、んっんぁっあっ」 「叶愛だからだよ」 「んひっ……」 「叶愛だから可愛いって思うし、叶愛だからこんなに愛しいんだ」  ぎゅうっと掌を合わせて両手を握られ、真上から見下ろされる。 「私が可愛いと思うのは叶愛だけだよ」  クリスの声も叶愛を見つめる瞳も蕩けるほどに甘くて、叶愛は身も心もどろどろに煮詰められ溶かされるような感覚に陥る。  怖くて、けれど気持ちよくて、叶愛はひたすら彼の愛に甘やかされた。  人で賑わう町中を、クリスと一緒に観光する。はぐれないようにとしっかりクリスに手を繋がれ、露店に並べられた商品を見て回り、美味しいものを食べ、珍しい動物と触れ合い、叶愛は旅行を満喫した。  そしてクリスはとある店に叶愛を連れていった。  そこは服屋だった。広い店内に、様々な種類の衣服が並べられている。 「この店には、色んな国から取り寄せたその国々の服が置いてあるんだ」 「へえ……」 「この国に来たら、絶対この店に来ようと思ってたんだ」 「……なんで?」 「もちろん、叶愛に似合う服を探すためだよ!」  クリスは意気揚々と商品を物色しはじめた。 「ああ、これは叶愛に似合いそう! こっちもいいね! こういうのも意外と……寧ろいい!」  いきいきと、勝手に叶愛の着る服を品定めしている。  叶愛も見てみると、セーラー服、ナース服、ミニスカサンタ、バニーガール、等々、それっぽい感じの服が置いてあった。  この世界にも、前世にいた国と同じような国があるのだろうか。  そんなことを考えながら店内を歩き、ふとクリスに目を向けると、既に彼は抱えきれないほどの商品を手に持っていた。  叶愛は慌てて彼に駆け寄る。 「ちょっとクリス! それ全部買う気!?」 「そうだよ。もちろんまだまだ買うよ」 「なにがもちろんだよ! ダメ! さすがに買いすぎだから!」 「だって叶愛に似合いそうな服が多すぎて……」 「だってじゃなくて! 五着までにして!」 「えええ!?」  クリスはまるでとんでもない無体を強いられたかのように愕然としている。 「ご、五着なんて、そんな、そんなの、無理だよ……」 「無理じゃないから! 買ったって、僕は絶対五着までしか着ないからね!」 「そんな……酷いよ叶愛……」  声を震わせ哀れっぽさをアピールしてくるが、叶愛はそんなことで絆されない。 「五着だけなら、どんな服でも着てあげるから。とにかく、買うのは五着だけ」 「うう……わかったよ……」  クリスはしょんぼりと、極限まで肩を落としつつ再び商品を選びはじめた。その双眸は真剣だ。本気で叶愛に似合う服を厳選している。  正直、叶愛はもう今の自分の顔ではなにを着ても一緒だと思っているので、前世のように自分に似合う服を探し求めようという気には一切ならなかった。ただ、前世の自分だったら似合っただろうなと、美少年の自分がそれを着た姿を妄想しながら商品を見るだけだ。  クリスは店内全てを見て回り、たっぷりこれでもかと時間をかけて漸く選び抜いた衣服をほくほくした顔で購入していた。

ともだちにシェアしよう!