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序章②

「趣味はお菓子作りです!」 「めちゃくちゃ握力強いのが自慢です!」 「将来の夢はお嫁さんです…なんちゃって」 よくもまぁ、あんな風に自信たっぷりに発言出来るものだ。 若干白けた目で見ながらも、とうとう僕の番になったので椅子を引き立ち上がる。 教壇に向かって足を進めるたびに、視線が一気に僕の方に集まるのを感じ、ごくりと生唾を飲んだ。ああ、視線は嫌いだ。何度体験しても、慣れない。 ぎこちない足取りで教壇の前に立つと、ゆっくり深呼吸をしてから口を開いた。 「…は、はじめまして。さっ、佐藤、翔、…ですっ」 見事などもりっぷりに、顔が熱くなっていく。ああ、これだから嫌なんだ。穴があったら入りたいとはこのことだ。なんて、心の中では逃げることで頭がいっぱいになるが、自己紹介はまだ終わっていない。とにかく口を動かすことに集中し、早く終わらせなければと急かす。 「…しゅ趣味は映画鑑賞。…っです。えっと、これから、よろしくお願い…しまひゅ。」 最後に甘嚙みしてしまったが、何とか言い終えた。ほかの人と比べればかなり短いけれど、僕なんかにそんなこと言うやつなんてそういない。だって空気だもん。頭を下げてから、そそくさに席に戻ろうと一歩踏み出した右足。しかし、その右足は誰かの声で遮られた。 「好きなものはないの?」 明るい、透き通った声が僕の鼓膜へ響く。目を見開いて、その声のするほうに目を向けると先ほど僕が妬んでいた人物、イケメン君が人の良さそうな笑顔で僕を見つめていた。 「…へ?」 「好きなもの!ないの?」 「…あっ、えー…。ゲーム、とかぁ?」 突然のことに驚いてまぬけな声で返してしまうと、イケメン君は途端に表情を綻ばせ「俺と同じだね!」なんて嬉しそうに言った。 なんだ?なに?なにが起きている??一気に頭が混乱する僕に対し、イケメン君はまたにこっと僕に笑みを向けた。 「これからよろしくね」 「あつ、はい。…ヨロシク?」 パニックのままとりあえず会釈すると、イケメン君は満足気に手をひらひらと振った。突然のイケメン君の乱に脳が追い付いてない僕は、とにかく戻らないととその意志だけを頼りにふらついた足どりで席へ戻り。席へ着いた瞬間、自分の机に足を思いっきりぶつけ、「アイタッ」と情けない声を出して、僕の自己紹介は終了となった。 クラスメイトもそうなのか、さっきまでの賑やかさはどこへやら。しんと静まり返り、所々聞こえるひそひそ声に僕は頭を抱える。 ああ、最悪だ、最悪だ、最悪だ!! 根暗陰キャに突然話しかける、皆のアイドルスーパースターイケメン君。こんなの格好の餌食すぎる。絶対次の休み時間に、騒ぎになるに違いない。 そもそも、だ。僕はイケメン君と知り合いでもない。話したことも…おそらく数回しかない。確か、一年の時同じ委員会だったぐらいで、あとはなんの接点もない。だというのになぜ、彼は僕に友好的に話しかけてきたのか?理由がわからなくて、ますます机に頭を沈めていく。 見なくても感じる女子からの視線にますます顔が上げられなくなっていると、その空気を一変させる馬鹿そうな声が教室内に響き渡った。 「おっす!俺の自己紹介を始めます!!俺の名前は、瀬戸勝!!趣味はスポーツ、あとお笑い番組見ること!!あと…声がでけぇこと!!」 自信満々に言い切った彼。そう、僕の友人勝。勝の大きな声に続いて、皆は途端に笑い声を上げた。確かに声でかいな!趣味じゃねぇけど!と突っ込む声に、「でけぇだろぉ!!!」ってさらに大きな声で返すものだから、皆の笑い声がさらに大きくなった。 一気にみんなの視線が僕から勝へと向けられていくのを感じ、僕はゆっくり顔を上げると両手を合わせて勝へ向ける。ありがとう、馬鹿。いや、勝様。本当にありがとう。あとでジュース奢る。 勝はその仕草に気づいたのか、豪快に笑って親指を立てた。よき友を持ったものだ。勝は神。勝は素晴らしい。 一気に明るくなった雰囲気はその後壊れることなくそのままスムーズに続いていき、自己紹介は幕を閉じた。 「ありがとうな、勝。お前の馬鹿パワーで助かったよ。マジありがとう。」 「翔チャンは一言余計じゃねぇか?まぁ、でも、そりゃよかった!」 休み時間、校庭裏にて。早速自動販売機で買ったジュースを手渡しながら、改めて感謝の言葉を口にした。 勝があの空気を変えてくれなければ、きっと女子からの尋問にあったであろう。本当に助かった。感謝しているのは嘘ではないので何度も伝えると、「もうよせやい!照れるわ!!!」と大声を出しながら軽く叩かれたので、「いやでもマジで助かったからな」とさらに感謝を告げる。 「…お前は、変なとこマジで素直だよなぁ。いつも曲がっているくせに。」 「何だよ、それ。」 素直とか、そういうのではなく。感謝したいから感謝しているだけなのに。自分で買ったジュースを一口飲みながら首を傾げていると、一気に飲んだ缶ジュースをゴミ箱に入れながら勝が口を開く。 「でも不思議だよな。あいつ。何で翔に質問なんてしてきたんだろう。」 「…罰ゲーム的な?」 「いや違ぇだろ。あいつ良いやつだし。」 はっきり否定された言葉に、やはり彼の印象は良いんだなぁと実感させられた。人間、絶対どこか欠点や悪事があるものだというのに。彼には一つもないし、聞いたこともない。 善人って本当にいるんだなぁ…としみじみ感じつつ、思考が違う方向へいったので慌てて首を振って話を戻す。 「あれかな、緊張でガチガチだった僕を勇気づけたとか?」 「あー、でもそれありえそうだなぁ。誰にでも優しいからな。」 「メリットないのに凄いよなぁ。」 「おっ、またお得意のネガティブキャンペーンか。」 うるせぇ、と軽く頭を小突いてまた缶ジュースに口をつける。と、同時に。後ろから「何の話?」と今まさに話の中心となっていた人物の声が聞こえ、思わずジュースを噴き出した。

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