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(まき)は、胸が抉られるような思いの中、衣装ケースの蓋を開ける。これが自分がした事への罰だ、胸が抉れようが受け入れるしかない。涙を呑み込み、槙は手を動かす事に集中した。開いた衣装ケースの中には、文人の物とみられる服が仕舞われている。見慣れたセーターを見つけ、思わずそれを持ち上げてみると、中から何かが落ちてきた。見てみると、そこには手帳のようなものがあった。 「…これ、日記だ」 まるで、服の中に隠すようにしまわれていたそれは、中を開いて日記だと分かった。槙は、日記の中身を読む事なく閉じると、それをすぐにひなに手渡した。個人的な思いが綴られているもの、槙に読む資格は無いように思えたからだ。 「……読んで」 「え?」 しかし、受け取った日記は、ひなによって咲良(さくら)へと渡された。 「俺が?」 「…あんたが一番害が無さそう」 「いやいや、これこそ重要な、」 「…咲良君、読んであげて」 正直、槙も何が書いてあるか、知るのが怖かった。日記だ、何か直接的な事が書いてあるかもしれない、そう思えば、文人(ふみと)の思いを知ってしまうのが怖い。 咲良は、暫し槙とひなを交互に見て思案していたが、やがて小さく溜め息を吐くと、意を決して日記を開いた。 「…最後のページは、亡くなる前日か。それと、」 そのページには、手紙が挟んであった。宛名はないが、槙はその手紙を見て心臓が波打つ感覚を覚え、ぎゅっとペンダントを握りしめた。ドクドクと、まるで責めるように鳴り響く心音に、耳を塞いでしまいたくなる、現実から目を逸らしてしまいたくなる。それでも、逃げちゃいけないと、必死に呼吸を繰り返していた。 咲良が手紙を開ける為、日記を開いたまま床に置いた。その拍子にペラペラとページが捲れ、とあるページで止まった。 そこには、 “これは恋愛のそれなのか、それとも生徒としての愛情なのか、槙を可愛く思う自分がいる” そう書いてあった。 「……」 槙が、思わずその文章へ手を伸ばした、その時だ。 「あなた達、何をしているの」 新たな声に皆が驚いて振り返ると、部屋の入り口に、ひなの母親、実咲(みさき)が呆然と立ち尽くしていた。 「お母さん、どうして」 ひなが困惑のまま口を開けば、実咲ははっとした様子でひなに詰め寄った。 「ひな、あなたなの?どうしてこんな事、この男が誰なのか分かってるの!?」 部屋の状況を見れば、槙達が何をしていたのかすぐに分かるだろう。それも、憎き相手を家に上げているのだ、実咲が憤慨するのも無理もない。 「お母さん、ごめん!でも私、本当の事が知りたくて、」 「本当も何も、この男があの人を死に追いやったのよ!」 「じゃあ、なんで!!」 ひなは叫びながら実咲の腕を振り払った。 「…なんで、あんな泣き方してたの」 「…な、なに?」 「この人が悪いって、自分に言い聞かせてるみたいだった」 「…その通りでしょ」 「お母さん、自分を責めてるみたいだった。だから、怖かった…何か隠してるんじゃないかって」 ひなは実咲から目を逸らしたまま、ぎゅっと拳を握った。その手が、肩が震えるのを見て、槙は支えてあげたいと思ったが、そんな事出来る立場ではないと、立ち上がりかけた腰を落とした。ちらと実咲へ目を向ければ、実咲はひなの言葉に狼狽えているようにも見える。 この状況をどうするべきか、戸惑いに思い悩む槙に反し、咲良は今の状況が分かっているのかいないのか、手紙を読み終えたのか、今度は床に置いた日記へと手を伸ばした。 「ちょっと、咲良君…」 さすがに困って、槙はこそこそと咲良に声を掛けるが、咲良は日記のページを捲り終えると、槙を無視して実咲の元へ向かった。 「え、咲良君!」 思わず槙は声を掛けたが、咲良は構わず実咲に日記を開いて見せた。 「…亡くなる前日の日記に、家族と共にこの先もありたいと、先生は書いてます」 「え、」 実咲はこちらに目を向ける事もなく、黙ったままだ。咲良の言葉に声を上げたのは、槙だった。 「…槙ちゃんの事は…望まないって、思いを消すって書いてありますよ、ちゃんとあなたにも話すって」 「見せて!」 ひなが血相を変え、咲良の手から日記を奪った。 そこには何が書かれているのだろうか、自分との関係を終わらせる決意が書かれているのだろうか。 ぎゅっと心臓が握りしめられるようで、槙は呼吸が浅くなるのを感じた。その日記を、とても見れる勇気は、槙には無かった。 「…私達の元に戻ろうとしてたなら、どうして自殺なんかしたの?この人じゃなくて、…私達の事が重荷になったの?」 「そんな訳ないじゃない!」 実咲はそう声を張り上げると、ひなから日記を奪った。何か言葉を紡ごうとしたが、ひなの蒼白した顔色を見て、その先は声にならず、自身の涙で掻き消されてしまった。 崩れ落ちる実咲に、ひなはますます困惑し、咲良を振り返った。咲良はその視線を受け止め、軽くひなの肩を叩いた、ひなの不安を受け入れるような優しい手だった。 「重荷な訳ないよ、そんな言葉どこにも書いてない。先生はちゃんと選んだんだ、家族といる事を」 槙は咲良の背中を見つめ、それからペンダントを握った。 「…本当は、事故だったんじゃないですか?最初は事故扱いでしたよね、それが一転して自殺になった。マスコミが、槙ちゃんとの関係や家の事を持ち出したからだ」 咲良が俯く実咲に声を掛ければ、実咲は勢い余って顔を上げたが、ひなを見ればその勢いもそがれたのか、再び俯いてしまった。 「…私が記者に話したのよ」 「え、な、なんで、」 「だって!こんなのあんまりじゃない!」 それから、手元の日記をぎゅっと抱きしめ、実咲は絞り出すように言葉を吐き出した。 「…私は、許せなかった。こんな日記があるなんて、あの時は知らなかった、私達の事を見てくれていたのなんて、知らなかったから…」 そんな母の様子に、ひなは戸惑いながらも傍らに膝をつき、その背中に触れた。 「…何が、あったの…?」 背中を擦ろうとして指が震え、ひなは問いかけながら、その手をきゅっと握りしめた。背中に感じるひなの指の震えに気づいたのだろう、実咲は顔を上げ、ひなを見つめた。不安と心配と困惑と、様々な感情を抱えながらも押し殺し、ただ前を向こうとするその姿は力強く、頼もしく見えたのかもしれない。実咲は、唇を噛みしめ顔を俯けたが、それでも涙を拭い、ぽつりぽつりと話を聞かせてくれた。

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