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七、破戒僧 舜海

 二人で二ノ丸から屋外へと出てきた千珠と舜海は、互いに何も言わず、出方を窺うようにしばらくその場に突っ立っていた。 「お前……ほんまに男か?」 と、舜海が出し抜けにそんな事を訊ねてきたため、千珠はうんざりしたような顔をした。 「何をどうすれば信じる?別に脱いでもいいが……」 「阿呆。お前の裸なんか見ても嬉しないわ。だが驚きやな、こんな男がこの世におるとは。お前の母君は、さぞかし美しいんやろうなぁ」 「一族で一番の美女だったと聞く。強さも、一族の中で右にでるものはいなかったと……どこまで本当か分からぬがな」 「お前は母を知らんのか?」 「俺が幼い頃に死んだらしい」 「そうか……」  舜海は黙って懐から数珠を取り出すと、しばらく黙って黙祷した。  二人はなんとなく連れ立って歩き、いつしか舜海が千珠に城の中を案内する格好になっていた。   「お前は殿に拾われて幸せや。これが東軍軍勢の誰かやったらと思うと恐ろしい」 「何故だ」 「東軍を束ねる難波江一族は、冷酷無慈悲な奴らでな。国も治安が悪く荒れていて、人民も苦しんどる」 「ふうん」 「お前があっちに付いてたら、この世はどうなることやら」 「国を変えるほどの力が、俺にあるとは思えんがな」 「おや、気弱な発言やな。伝説の白珞が口にする台詞とは思えへん」 「ふん」  千珠は鼻を鳴らし、舜海の袈裟に錫杖、そして日本刀というちぐはぐな格好をちらりと見て訊ねた。 「お前、その格好から見ると法師だろう?そんな物騒なもん、持ってていいのか」 「存在自体が物騒なお前に言われたないねんけど」 「失敬な奴め。せっかく力を貸してやろうと言っているのに」 「お前、ほんまに強いんやろうな?」 「ふん。ご所望とあらば、お前など一瞬であの世に送ってやる。直接仏とやらに会ってくるといい」 「あぁ?なんやと!生意気な餓鬼やな。表出ろやこの野郎」 「ここは表だ、馬鹿者め」 「ぐぬぬ……!」 「何をやっているのだ、騒々しい」  女の声だ。  本丸御殿の前を歩いていた二人は、声のする方に顔を向けた。  石垣に腕組みをして倚りかかっているのは、真っ黒な装束に身を包み、不敵な笑みを浮かべた髪の長い女だった。  丈の短い黒い着物の下は、身体に添うように引き絞った黒い袴である。短く切った両袖と、鉄製の籠手の間に覗く肌は浅黒く日に焼けている。  忍装束という地味な出で立ちだが、その場が明るく照らされるような、若い女特有の華があった。 「舜海、こいつがそうなのか?」 「おう留衣、こいつが白珞族の千珠や」 「へぇ、忍者がいるのか?初めて本物を見た」 と、千珠は年齢相応の子どもらしく、わずかに目を見開いて珍しげにそう言った。 「ふうん……なんだ、こんな生っちょろいやつが、本当に鬼か?」 と、留衣も無遠慮に千珠を眺め回しながら腰に手を当て、自分よりも少しばかり背丈の低い千珠を見下すように、勝気な口調でそんなことを言う。 「そうやで。千珠、こいつが光政殿の妹君、留衣や」 「ふぅん」  千珠は留衣の目つきが気に入らなかったのか、すぐさま興味を失ったようそっぽを向いた。留衣は千珠に歩み寄りながら、兄によく似た興味津々の笑みを浮かべている。 「爪を見せてみろよ」  千珠が黙って右手を差し出すと、留衣はその手を取り、掌を引っくり返したり鉤爪をつまんだりしながら、物珍しげに観察している。 「何故女のくせにそのような口調で、そんな格好をしているんだ」 「私は幼い頃より忍として修行を積んできた。今さら女の姿などできぬ。それにこっちのほうが動きやすくてよい」  留衣はそう言いながら、今度は千珠の耳を飾る耳飾りに目を留めた。  紅く細長い円筒状の石でできた小さな耳飾りは、金色の華奢な装飾が施され、篝火の光を受け、美しく透き通ってきらめいている。 「それは?」 「母の形見だ」 「きれいだな」 「やはり女やな。光物が好きらしい」と、横で舜海が言う。 「悪いか?美しいものは美しいのだ」  女と言われたことに腹を立てたのか、留衣はむっとした顔で舜海を睨む。 「はいはい。いちいち突っかかってくるな」 と、舜海は両手を挙げて降参の姿勢を見せた。 「お前こそ、立派な名をもらっておきながら殺生ばかりをして、恥知らずなやつめ」  留衣はため息混じりに首を振るが、舜海はそんな留衣の言葉に腹を立てるでもなく、きりりと表情を引き締める。 「俺は、仏のもとで意味のある殺生をしとる。全て天下平定のためや」  舜海の迷いのない言葉に、千珠はふと、人間と自分との間にある違和感を感じた。  鬼や妖は、己の本能に従って殺生をする。  しかしこれからは、この国のため、光政のために殺生をしなければならない。  千珠本人が望む望まないに関わらず。  一人になりたくないばかりに、光政の言葉を呑んだ。  まだ心も決まっていないのに……。  自分の意志のみできっぱりと道を選ぶ舜海のことが羨ましく、何だか少し、憎らしく思えた。

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