10 / 340

九、千珠の力

 かくして、三人は城の道場にいた。  話を聞いた光政も、興味深げに目を輝かせてやってくると、上座に腕を組んであぐらをかいて見物を始めている。 「さぁて、勝負や」  舜海は腰から刀を抜くと、千珠に向けてぴたりと構えた。 「馬鹿だな。俺は鬼だぞ、法力の方が勝ち目があるんじゃないか?」  千珠は嘲るようにそう言って、唇を釣り上げる。 「甘く見るなよ。俺の刀には法力が通ってんねん。妖祓いにも使う刀や。お前のような鬼かて、一太刀やで」  舜海は刀を右手で握り締めると、鍔を鳴らした。 「お前もなにか武器があるなら使え」 「本当に、愚かな男だな」  千珠はため息をつき、左手を挙げた。  袖を引いて舜海に見せるように手首を晒すと、そこには紅色珊瑚の数珠が二重に巻かれている。千珠はその数珠を外して丁寧に懐に納め、胸の前で合掌した。  「なんと……」  そこで見ていた者全てが、感嘆の声を漏らした。  千珠の掌から、すうっと一振りの刀が姿を表したのだ。  黄金色の柄に、真珠のような美しい刀身。  それは千珠の手に握られると、淡く青白い光をその刀身に湛えた。ふわり、と千珠の身体から風が生まれ、腰まである銀髪を舞い上げる。  千珠は、(きっさき)を舜海に向けた。 「祖父から受け継いだ、白珞族の宝刀だ。斬れぬものは何もない」 「……結構なこった」  千珠は目を細め、妖しく微笑んだ。  自信に満ち、人を小馬鹿にしたような千珠の微笑に恐れをなしたのか、舜海の表情が僅かに強張る。 「いくぞ」  千珠がそう言うなり、かき消すように姿が消える。 「!?」  舜海が目を見張った瞬間、千珠は舜海の懐に斬り込んでいた。 「うおっ!」  舜海はなんとかそれを防いだものの、その刃の重さに顔をしかめる。二人の間に、火花が飛び散った。  宝刀を弾いて間合いをとった舜海は、ひらりと身軽に飛び退る千珠をじっと睨みつける。 「……そんなもんかよ、鬼の力ってのは」  舜海は強がっているのか、引きつり気味の笑みを浮かべてそう言うと、今度は舜海から千珠に斬りかかった。 「っらああ!!」  千珠は動じることもなくその刃を受け止め、片手を柄から外し、その鉤爪で舜海の胸元を斬りつけた。 「ぐっ……!」  舜海は胸を抑えて、慌てて後ろへと飛び退いた。見下ろすと、法衣が裂け、胸元に四本の細い血の筋がつけられている。  「ふん」  千珠は無表情に、すぐ脇の道場の土壁に向かって刀を振り翳した。  それを振り下ろすや、壁は脆くも崩れ去り、あたりにはもうもうとした土煙が立ちこめる。 「……!」  普通の刀では、小さな傷しか付けることしかできぬであろう土壁を、千珠は片手で易易と切り崩して見せたのだ。  千珠は、表情ひとつ変えずに、刀を再び自分の体内に納めた。  舜海を始め、光政と留衣も言葉を失う。 「……お前を殺してもつまらぬ。俺の宝刀を見れただけでも、ありがたいと思うんだな」  舜海は悔し気な表情で、歯を食い縛りながら刀を降ろした。  圧倒的な力の差を見せつけられ、何も言えない。  そんな二人の様子を冷静に見ていた光政は、少しだけ笑う。  ……千珠の力、しかと見ることができた、と。 「……あんな化け物、兄上の手に負えるのか?」 と、留衣が横で光政にぼそりと訊いた。 「負えぬとでも申すか?」  光政は笑みを浮かべたまま、不安げな妹を見る。 「兄上の右腕が、あのざまだぞ」 「千珠は敵ではない。味方なのだ。これ以上に心強いことがあるのか?」 「兄上はどこまで楽観的なのだ!もし……あいつが寝返るようなことがあってみろ、我らは終わりだ!」 「あやつは裏切らぬよ。もっと白珞について学んでみよ。そうすれば分かる」  光政は立ち上がると、睨み合う千珠と舜海の間に立った。そして、二人を見比べて怒鳴る。 「ふたりとも座れ!」  二人はびくっと身体を揺すり、素直にその場に正座する。 「殺し合うなと言ったはずだぞ。どうしてそう血の気が多いのだ!我が軍勢を率いるお前たちが仲違いしてどうする、この馬鹿者どもが」 「申し訳ない」  舜海は直ぐに頭を下げて謝罪した。 「殺し合うなと言ったから、我慢したんじゃないか」  千珠はさらりとそう言うと、面倒くさそうに光政を見上げる。 「千珠、図らずとも戦は起こる。それまで我慢しろ」  光政に諌められ、千珠はむっとした顔をする。舜海はそんなふてぶてしい態度の千珠を見て、「返事をしろ」と言った。 「……はい」 「二人共、罰として道場の修繕を命じる。よいな」 「……」  二人は無言で、また睨み合った。

ともだちにシェアしよう!