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十、気の合う二人

「まったく、いらんことしよって!」    舜海は壁に板を打ちつけながら文句を垂れている。  千珠は肩に担いでいた板切れを舜海の前にがらがらと乱暴に放り出し、腰に手を当てて鼻を鳴らした。 「ふん、勝負しろといったのはお前じゃないか。つべこべ言うな」 「誰が壁を崩せと言うた?この阿呆」 「他に斬るものがなかったんだから、しょうがないじゃないか」 「俺に斬り込めばええやろうが!」 「お前を殺してもつまらぬと、言っただろう」 「つまらぬやと!お前、言わせておけば……!」 「なんだ、殺されたいのか?」  二人はまた顔を近づけて睨み合う。 「もうよさぬか。阿呆ども」 と、うんざりした声で口を挟むのは、上座であぐらをかいている留衣だ。頬杖をつき、二人がさぼらぬように見張るという役回りだ。 「くだらぬ言い争いをして。呆れてものも言えぬわ」 「お前も見てないで手伝わんかい!」  舜海に金槌を投げつけられるも、留衣はそれを難なく受け止めた。 「馬鹿者、それが城主の妹に対する態度か」  と、金槌を投げ返す。 「……。お前もお前だ」  この世で最強を誇る戦闘種族の千珠が、きちんと板切れの端と端を合わせながら、しおらしく釘を打つ几帳面な姿に拍子抜けしつつ、留衣は千珠にも物申す。 「なにが?」 「大人しい顔をして、派手な真似を。もう城中の噂だぞ、お前の存在は」 「そうなのか?……ううむ」 「やれやれ、これ以上城を壊すなよ。ただでさえ戦で財政難だというのに」 「……それが言いたかっただけやろ」 と、舜海がぼそりと呟いた。 「ぶちぶち言うな!さっさと直してしまえ!千珠、これを一瞬で直す術などは持っていないのか?」 「阿呆、俺は鬼だ。奇術師ではない」 「いいから手ぇ動かせ」  舜海は千珠にそう言うと、今度は板切れを投げつける。千珠はぱしっとそれを受け止め、ふくれっ面をしつつも作業を続けた。 「お前たち、なかなか良い相性だな」  退屈そうに二人のやり取りを見ていた留衣が、そんな事を言った。 「どこがだ!」  二人は同時に振り返り、留衣に食って掛かった。  ✿  道場の修繕に手間取り、寺に戻る頃にはすっかり日が暮れていた。  青葉の寺では法会が終わり、今度は出兵する男たちを励ますための宴が始まっている。  この戦のために駆り出されたのは、兵士ばかりではない。青葉で暮らす農民や漁師、あるいは金勘定しかしたことのない商人でさえ、頭数を揃えるためにここにいるのだ。  そんな急拵えの兵士たちは、束の間の休息を必死で貪っているようにも感じられる。 「お前、行かなくていいのか?」 と、千珠。 「もう始まってるしな。せや、花音の舞を見るか?」 「興味ない」 「愛想のないやつめ。花音は、将来大物になりそうやで。幼いが美しい顔形をしているし、舞にも光るものを感じるぞ」 「ふうん」  千珠は興味なさそうに、淡々とした返事をする。 「何より、お前にすぐ懐くとは只者じゃない」 「ほっとけ」  千珠はふと、風の匂いに変化を感じてぴくっと反応した。  すぐにその場からひらりと跳び上がり、鐘楼の上に身軽に降り立つ。  その動きがあまりに俊敏であることに驚きを隠せず、舜海は開いた口が塞がらぬ様子だ。 「……風の匂いが、変わった」  千珠は鐘楼の上から、はるか遠くまで続く山々を見渡し、神経を尖らせた。  ――聞こえる、感じる、人々の雄叫び、血の匂い……。 「敵が近い」 「え……おい!」  千珠はふわりと跳躍すると、木々を蹴って枝を伝い、山を駆け降りていった。  "天翔る脚"という伝説をそのまま表すかのような動きで、あっという間に千珠の白い影は、木々の影に紛れて見えなくなっていく。 「……何や、あの動き……」  舜海はいつもの軽口を忘れて、小さくなってゆく千珠の影を、茫然と見送ることしか出来ずにいた。

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