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十二、半妖の鬼

 光政は本丸にて一人酒を飲んでいたが、不意に現れた千珠に気づくと、微笑んで手招きをした。 「軍議は退屈か」 「ああ」 「まぁ、無理もないか」 と、光政は苦笑した。 「お前が途中で消えたもので、叔父上が腹を立ててな」 「ふうん」 「あの方はやたらと形式や規律にこだわるのだ。お前も、叔父上の前では大人しくしておいたほうがいいがいいかもな」 「お前がこの国の主だろう?何故、そんなに気を使う必要がある?」  光政は一口酒を飲むと、また苦笑した。 「あの方は父の弟君だ。本来ならば、若い俺ではなく、叔父上が家督を継ぐはずだったのだ。しかし、父の遺言で俺が家督を継いぐこととなった。それ故、あまり仲良くというわけにはいっていない」 「へぇ」 「唯輝は気性が激しいから、俺が当主となって正解だと思っている。しかし、昔からの重臣たちの中には、それを快く思わぬ者もいる」 「人間は色々と面倒だな」 「まぁな。しかし、私を推し立ててくれる者もいる。父上の徳のおかげだ。それに今回は、お前という強力な家臣を得たのだ」 「ふん、どうだかな」  千珠は素っ気ない返事を繰り返しつつも、光政のそばからいなくなろうとはしなかった。光政はくいと盃を煽って酒を飲み干す。 「……お前がしがらみとは関係ない存在だからかな。俺は初めてだ、こんなことを話して聞かせたのは。少しすっきりしたぞ」  光政は千珠に微笑みかけると、千珠はふいと目を逸らす。 「お前には奥方がいるのだろう。その女に話せば良いものを」 「紗代は……ああ、妻の名だ。あいつは下級公家の娘でな、賢い女なのだが、色々と意見してくるのが今は煩わしく、どうも気が休まらない。最近は戦だなんだと忙しいから、里に帰しているしな」 「ふうん……」 「千珠、もう少しここで俺の酒の相手をしろ」 「……あぁ」 「お、文句を言うかと思っていたが。これも契約のおかげか?」 と、光政は千珠の素直な返事を聞いて笑った。 「別に、これくらいのこと。断る理由もない」  千珠は光政に近寄って座ると、酒を注いでやった。光政は蝋燭の明かりに照らされた千珠の顔を、間近でしげしげと見つめた。  こんなにも美しい者を、今までに見たことがあっただろうか。  深く影を落とす長い睫毛に縁取られた、琥珀色の宝石のような瞳、少し厚みのある赤い唇、蒼白くなめらかな肌、腰の辺りまでを覆う絹糸のような銀色の髪。 「何見てる」  千珠は光政の方を見ずにそう言った。 「お前はじろじろと見られるのが嫌いだな」 「当たり前だ」  千珠は憮然として、居心地悪そうにそっぽを向く。 「しかし、その顔に見惚れない者のほうが珍しいと思うぞ」 「……」  千珠は気恥ずかしそうに、目を伏せる。 「白珞族は皆美しいのか?」 「いや……顔形は普通の人間とさして変わりはない。俺の母君が特別美しかったというだけだ」 「ほう……」 「里の中でも、一二を争う強力な妖力を持っていたそうだ。自分よりも強い男の子を生むと言っていたとか」 「そうか。じゃあお前は、良い血をもらっておるのだな」 「……母は人間と契りを結び、俺を生んだ」 「え?」  光政は驚きのあまり、盃を取り落としそうになった。千珠は酒を注ぎながら続けた。 「戦に出ていた母はその帰り道、朝廷の神官であった父と出くわした。二人は戦い、母は人である父に負けたのだ」 「……」 「しかし、父はとどめをさせなかった。歳若く、心優しい父は、人の姿に近い我等を非情に打ち倒すことが出来なかったそうだ」 「その神官の子がお前?ってことは……」 「俺は完全な鬼ではない。半妖なのだ」  光政はしばらく言葉も無く、千珠を見つめた。千珠は光政を見ると、「がっかりしたか?」と無表情に尋ねる。 「いや……むしろ少しほっとした。少しでも、同じ人の血が流れているのだろう?」 「ああ。心配することはない、俺の力は確かだ。里でも負けたことはない」 「それを聞いて安心した。しかし、半妖というのはなにが違うのだ?」 「致命的だ」 「なんだ?」  光政は千珠の言葉に、身構える。 「満月の光が夜空にある間、俺は只人となる」 「人間、に?」 「妖力も、鉤爪も、宝刀も、なにもない普通の人間に落ちる。そうなってしまうと、俺は何もできない」 「どうするのだ?そんな時、敵に襲われでもしたら……」 「里では……いつも族長であった祖父と夜明かしをしていた。しかし、今はどうしようもない」  このような美しい子どもを放っておいたら……この戦の最中、血に猛り女に飢えた兵士たちがたむろする戦場で、どうなるかは安易に想像がつく。 「その時は、俺のそばから離れるな。俺のそばにいれば、なんとでもしてやれるだろう」 「……しかし」 「しかしもくそもない。いいな、絶対に離れるなよ」 「……分かった」  千珠は、光政の勢いに押されて、頷いた。 「よし」  光政はぐいと酒を煽ると、美味そうに息をつく。 「戦が始まる。……お前、花音と随分仲が良くなったらしいな」 「舜海に聞いたのか?」 「ああ。仲良くしてやってくれ、あいつも俺の妹のような存在だ。つらく悲しい思いはさせたくない」 「……そうか」  千珠はぽつりと応じ、また光政の盃に酒を注いだ。

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