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十七、死をもたらす鬼

 太陽が頭上に登りきる前に、光政たちは滅ぼされた村へと到着していた。  村の惨状を見て、皆が顔をしかめている。 「ひどいな、罪なき村人を……」  舜海は数珠を取り出して、一人黙祷した。 「山賊か……どちらかな」  光政は馬上から村を見渡しながら、呟く。 「千珠がいないな。ということは、やはり一人で討伐に向かったか」 「はてさて、どこへ行かれたかな。まさか逃げたのではあるまいな」  底意地の悪い笑みを含んだ忠輝の独り言が、光政の耳にざらりと入ってくる。 「村を抜けるぞ!皆、注意を払え!」  光政は後に続く者達に大声でそう告げると、馬を駆ってさらに先へと進んだ。  ❀  村を抜けると、ざわざわと風に鳴る竹林の中へと進む。頭上を覆う笹の葉で太陽の熱は遮られ、青竹の清々しい香りが涼しい風に乗って流れてくる。  そんな爽やかな場所であるが、そこへ一歩踏み込んだ途端、皆が異様な雰囲気を感じ取っていた。  東軍の鎧を纏った男たちが、あちこちで死んでいるのだ。 「首を……皆、掻き切られているようです」  辺りを調べて戻ってきた兵士たちが、口々にそう言っているのを聞いて、光政と舜海は顔を見合わせた。 「あいつがやったのか?」 と、舜海。 「おそらくな。……しかし、やはり山賊ではなかったな。この紋は東軍のものだ」  ということは、人数も山賊の比ではないはずだ。一軍勢がこのあたりに潜んでいたとなると、少なくとも数百の兵を相手にしなければならなくなる。    ――千珠一人で立ち向かうにはあまりに無謀な数だな……生きているのだろうか。  光政のこめかみを汗が伝う。  しばらく進むと、広々と開けた場所に出た。  雨が降るかと思わせるようだった曇天は、所々雲の切れ目が出来、そこから細く陽の光が地上に注いでいる。  見渡すかぎりの平原のそこここに光の梯子ができており、まるでその地が清められているかのような、美しい眺めであった。  しかし、そんな悠然とした自然の美しさの中、黒い塊が地平を埋めるように転がっている。  東軍武者達の死体だ。  その横で、主を失った馬が平和に草を食んでいるという、異様な光景だった。  そんな平原を慎重な足取りで進んでゆくと、緩やかに隆起する丘の上に、紅色の衣を着た、小さな後ろ姿が見えた。  光政はじっと目を凝らす。 「……千珠か?」  青葉軍の気配を感じたのか、その背中がゆっくりと振り返る。  千珠だった。  真っ白だった衣は、敵の血を吸って赤黒く染まり、風になびく銀髪も血に濡れて重く揺れている。  こちらに向かってゆっくりと歩いてくる千珠の右手には、何か黒い塊が握られていた。  紙のように蒼白な頬は赤い飛沫で汚れ、表情の失せた美しい顔立ちは、血の通わぬ人形のように冷え冷えとしている。  死体の山の中を悠然と歩くその姿には、畏怖を覚えるほどの凄みがあり、誰一人としてその場から動けず、固唾を飲んで千珠の姿を見つめていた。  千珠は、光政の前に黒い塊を無造作に転がす。湿った音を立てて転がったその物体は、男の生首であった。 「やはり東軍の先鋒隊だった。これはその総大将の首だ」  千珠は事も無げにそう言った。あまりに淡々としたの口調の千珠に、皆が呆気に取られている。 「この軍を……お前一人で?」  光政は顔を少し強張らせながら、そう尋ねた。千珠は事も無げに頷く。 「ああ。言ったろう?我々の邪魔をするものは殺す、と」  冷たい風が吹く。  ぽつぽつと、大粒の雨が降り始め、それは次第に土砂降りとなって、武者たちの血で染まる大地を、洗い流してゆく。

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