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十九、明かせぬ心

「戻ったか。あまりに遅いので心配したぞ」  廃城の天守閣から黒黒とした森を見ろしていた光政が振り返って微笑みを見せ、薄着の千珠を見て「寒そうな格好だ」と眉を寄せる。  千珠は何も言わずに肩をすくめた。 「舜海はどうした」 「疲れたから休むと言っていた」 「そうか。お前も、疲れたろう?」  光政は古ぼけた燭台に灯された頼りない明かりの側に行くと、そこにあぐらをかく。千珠もそのそばに座り込み、密かに溜息を吐いた。 「……まぁな、久々に人を殺めた」  光政は手を伸ばすと、千珠の額に貼り付いた前髪を指でよけた。千珠は驚き、さっと身を引く。 「目が腫れている、泣いていたのか?」 「ば、馬鹿言うな!」  心配そうに自分を覗き込むその瞳にぎょとして、千珠は慌てて強がった。  人を殺めることへの葛藤を、誰にも知られたくはないのだ。 「……そんなわけないだろ」 「しかしお前の気、やけに乱れているな。どうした」 「そんな事が、分かるのか?」 「お前の血を飲んだからかな。何となく分かるんだ。だから隠し事をしても無駄だぞ。言っておけ、なにか役に立つことがあるやもしれん」  光政は膝の上に頬杖をついて、じっと千珠を見つめる。  灯火に揺れる光政のはっきりとした目は、千珠の心の中までも見透かしそうなほど真っ直ぐで、千珠は少しばかりどきりとした。  思わず、気が緩んで弱音を吐いてしまいそうになる。 「……疲れただけだ」  ――やはり、言えない。人間に、弱みを見つけられたくない。この男の事も、信用するにはまだ早い……。  ここにいる目的は、人を数多殺めて戦に勝つ為だ。  いくらつらくとも、心許なくとも、弱心は微塵も見せずに人を殺さねばならない。  光政はまだ窺うようにこちらを見ていたが、千珠は目を逸らして俯いた。 「……それだけか?」 「それだけだ。俺も休む」  千珠が逃げるように立ち上がりかけると、光政はその手首を掴む。 「今夜は冷えるな、お前その格好で眠るのか?」 「……悪いか」 「俺も暖が欲しかったところだ。俺と寝ろ」 「えっ」 「はは、変な顔をするな。別にお前を襲うわけじゃない」 と、光政は笑った。千珠はむっとして、「別にそんな事を心配しているわけじゃない」と頬を膨らませた。 「それならばほら、寝ろ」  さっさとごろりと横になった光政の隣に、千珠はおずおずと背を向けて横になった。  光政は腕が首の下に通され、千珠を背中から抱きしめる。花音とはまるで違う、慣れない大きな身体に包み込まれ、千珠は緊張から身体を強張らせてしまう。  それが分かったのか、耳元で光政の低く笑う声が響いてくる。 「ふふ、そう硬くなるな」 「な、なってない」  機嫌の悪い声を出しながらも、背中に触れる光政の身体は暖かく、冷え切った千珠の身体を包み込んで温めた。そして程なく光政の寝息が聞こえてくると、千珠もようやく気を緩める。  ――……暖かい。  安堵しているのか、どっと疲れが押し寄せてくるのを感じた。  千珠は目を閉じて、一気に深い眠りの中に落ちてゆく。

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