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二十、光政の想い

 翌朝、光政よりも早く起き出して、千珠は朽ちかけた城門のそばに繋がれている馬たちと戯れていた。  ぶるると鼻を鳴らす馬の鼻筋を撫でていると、自然と笑みがこぼれてくる。動物に触れていると、荒んだ心がどこか癒されるのを感じるのだ。  すると、会いたくない人間の臭いが漂って来る。唯輝だった。 「これはこれは、千珠殿。お早いな、ご機嫌はいかがか」   千珠は唯輝の方を見ないで、馬を撫で続ける。唯輝はすたすたと隣にやって来ると、上機嫌に話を続けた。 「昨日の働き、見事でありましたな。さすがは最強と名高い白珞族、桁違いの強さ」 「それはどうも」 「しかし……文献に見る鬼とは、あなたは少し異なるように見える。角や牙もお持ちでないようだ」 「……」  千珠が黙っていると、ざ、と違う者の足音が近付いてきた。 「人の顔がすべて異なるように、彼らの姿も異なるもんや。書物にばかり頼っては真実は見えへん。そうでしょう、唯輝殿」  舜海が腕を組み、唇に笑みを乗せて二人のそばに立つ。  唯輝は愛想笑いを引っ込めた。 「舜海か。はっ、若い者に言われてしまったな」 「まぁ、一つの意見っちゅうことで」  二人はしばし無言で睨み合う。  千珠はそんな二人を交互に見て、少し不思議そうな顔をしていた。 「失礼、軍議があるのでな。それでは千珠殿、今日もお頼み申す」  唯輝は千珠にだけ、わざとらしい笑顔を見せると、その場を離れて城の中へと消えて行く。  舜海はその後ろ姿を眺めながら、鼻を鳴らした。 「いけ好かん!」 「……お前ら、仲悪いのか」 「良うないことは確かやな。それにしても、あいつには言わんほうがええぞ」 「何を?」 「お前、半妖やろ。俺は法師やから分かんねん。お前の身体からは妖気だけじゃなく、霊気を感じる」 「……!分かるのか」 「心配せんでも誰にも言わへんから。しかしお前、半妖ってことは、一時的に妖力が弱まるような時期があるんちゃうか?」 「……俺は、満月の月が出ている間、妖力が無になる。お前にも話しておいたほうがよさそうだな」 「なるほどな。その日は殿か俺のそばを離れるなよ。お前みたいなんが無防備にうろうろしとったら、どうなるか分からへんからな」 「なにがどうなるんだ?」  千珠はきょとんとして、舜海を見上げた。 「えっ」  舜海は言葉に窮した。  ――……本当に分からへんのか。まぁ、まだ、子どもやしな……。 と、舜海は心の中で独りごちる。 「その……無理矢理にお前の身体を玩具にするというか……その……とても屈辱的な行為をやなぁ……」  説明しようとしている舜海のほうが、真っ赤になっているのである。  そんな姿を見て、千珠はこらえきれずに吹き出した。腹を抱えてひとしきり大笑いをすると、涙を拭きながら舜海を見上げる。  そんな千珠の行動の意味が分からぬのか、舜海は茫然としている。 「お前、本当に面白いやつだな」  舜海ははっとした。 「お前!分かってて……!?」 「あははは、涙が出る。おかしな奴だ」   舜海は真っ赤になると、不貞腐れた顔で鼻を鳴らした。 「はっ!人が心配してやってるっていうのに」 「心配には及ばぬ。俺は大丈夫だ。ははっ……こんなに笑ったのは久しぶりだ」 「どうなっても知らんからな!」 「お前は面白いやつだ」 「しつこいぞ!」 「お前と話していると、何も考えなくていいから楽だな」 「おい、俺を馬鹿にしてんのか!」 「そういうことだ」  そう言って、千珠はまた笑った。 「……このがき……」  小刻みに震えながら拳を固める舜海を見て、ひとしきり千珠はまた笑った。  そんな二人の様子を、既に鎧を身に着けた光政と腹心の菊池宗方が、物見櫓から見下ろしている。 「ああやっていると、普通の子どもに見えますな」 と、宗方は微笑む。 「ああ、……きれいな笑顔だ」  光政は無表情に、ぽつんと呟く。宗方がそんな光政の横顔をちらりと見遣ると、その目ははまっすぐに、千珠を捉えて離さないようであった。 「あんな笑顔、見たこと無いな。俺の前では笑わないから」 「舜海に、嫉妬ですかな?」  言いにくいことをさらりと言い放つ宗方を、光政は驚いたように顔を上げた。宗方は全てを見透かすように、まろやかに微笑む。 「……くだらん」  光政はそれだけ言うと、その場を離れた。

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