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二十一、呪詛の声
千珠は一足先に偵察に走り、本隊から離れて山を駆けていた。敵兵の気配はなく、静かすぎるほどにあたりはしんとしていた。巨木の枝の上で、千珠があたりをもう一度見渡していると、尾の長い山鳥が甲高い鳴き声を上げながら飛んでゆく。
――ここらへんは、大丈夫だな……。
千珠が本陣に戻ろうと考えた時、頭蓋を砕くかのような鋭い刺激がその身を襲った。
身体に雷が落ちるような感覚に、千珠は膝をついて頭を押さえる。忙しなく視線を左右に巡らせ、千珠はその衝撃の原因を突き止めようとした。
どくどくと、心臓の音が五月蝿い。
見覚えのある鋭い痛みが、じわじわと千珠を恐怖に染め始めた。
「……これは」
――間違いない、白珞族の里を滅ぼした僧兵の気配だ。英嶺山の僧兵の群れが、この近くにいる……!
強力な呪いの気配が、そろりそろりと千珠の身体を絡め取るように、辺りに立ち込め始めた。
「何故こんな場所で……!」
――戻らねば。ここに一人でいては危険だ!
本能がそう叫ぶ。
相手も千珠の位置を捉えたらしい。呪詛の声が、恐怖のあまり焦り竦んだ千珠の思考をじわじわと侵す。頭が割れるように痛み、以前に受けた肩の傷が、再び内側から裂けて血を吹き出した。
「う、ああぁっ……!」
――痛い……!怖い……!
✿
その日は、薄曇りで陽の光も和らいでいたため、体力を必要以上に奪われることもなく、順調な行軍であった。
木々や夏草、腐葉土の湿った匂いが、青葉軍の進む深い森を包み込む。光政は馬上で深くその空気を吸い込み、真っ白な空を見上げた。
その時、頭の中で何かが閃く。人の声のような、囁きのような。
――痛い……?
「舜海、なにか聞こえぬか」
「え?敵か!?」
すぐ後ろにいた舜海が、身構えて周囲を見回す。
「いや……そういう感じじゃないんだ」
光政は目を閉じて、その声に集中する。
「痛い……って言っている……声……?」
「分かった、調べてみるわ」
舜海は手印を結んで目を閉じた。意識を集中させ、木々の中の気配を洗うように、自らの霊気を森の中を走らせる。
瞬間、放たれた霊気の波を震わせる白い影が、舜海の脳裏に閃いた。
「千珠?……あいつの声だ」
光政が声を上げると同時に、舜海ははっきりと苦痛に歪む千珠の顔を見た。そして、明らかに異様な空気を感じ取る。
「これは呪いや!誰かが千珠を殺そうとしている!」
舜海は目を開けると、すぐさま手綱を引いて、千珠のいる方向へ馬の鼻先を向けた。
「殿はここにおってください。この呪い……白珞を全滅に追いやった呪いやと思う!俺があいつを連れ戻してくる!」
「頼んだぞ!お前達も行ってくれ」
舜海が部下を率いて走り出す。その様子を見守りながら、光政は眉を寄せ、祈るように拳を胸に当てた。
――無事でいてくれ……!千珠……!!
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