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四十一、帰りを待つもの

 今更、一人になんてなれない。  孤独が怖い。  弱くなったもんだ、俺も。  いや、そもそも強くなんか無かったのだ。  いつも、そっと誰かに守られていることに、気付かなかっただけだった。    ✿  千珠は、一足先に三津國城へ戻って来た。  海と山に守られた平和な国。  十六夜の月明かりに浮かび上がる、美しい国。  俺が切り殺した人間たちの命と引き換えに、守りたかったのは、この場所……?  千珠は音も無く、青葉の寺に降り立った。  千珠が瀕死の怪我を負い、介抱を受けた離れの小部屋。  ――花音、どうしてるかな。  ふと、千珠の頭に少女の笑顔がよぎる。  もうすぐ夜が明ける。  千珠はふと、このままここを去ってしまおうか、と思った。  そうしたからといって、行くあてもない。  かといってこの場にとどまり、人間達の情念に巻き込まれることも、千珠にとってはどこか恐ろしいことだった。  迷っていた。  足元がふらつきそうに、不安だった。  千珠がどうすることも出来ずにぼうっと離れの前に佇んでいると、がたがたと戸の開けられる音がした。  はっとして千珠が身を硬くすると、そこには花音の姉のような存在である由宇が、箒を持って姿を現すところであった。寺で生活している女たちは、夜が明ける前に動き出すのだ。  由宇は花音が一番懐いていたこともあり、この女の顔だけは千珠も覚えている。  山際から太陽が顔を覗かせ、中庭に一条の光が差し込み、千珠は一瞬眩しさに顔をしかめた。朝日が千珠の銀髪をきらきらと輝かせる。  由宇もまたやや眩しげに顔を上げ、そして千珠の姿をその目に捉えると、すぐさま表情を明るくする。 「まあ、千珠さま……!」  由宇は安心したような笑顔を浮かべて、小走りに千珠に近寄ってきた。 「由宇殿」 「はい。ご無事だったのですね。おかえりなさいませ」  由宇は深々と頭を垂れた。 「皆様、無事に帰ってこられるのですね」 「はい。戦は終わった」 「ありがとうございました。千珠さまのおかげでございます。こんなに早く戦が終わるなんて。本当に、良かった……!」  由宇は安堵ゆえの泣き笑いの表情で、千珠を見上げる。千珠はどんな顔をしていいのか分からず、ただ由宇の足元を見つめていた。  ――優しげな顔の女。皆を心配して、不安な日々を過していたのだな……。  千珠は、やや垂れ気味でおっとりとした由宇の目に涙が滲むのを見つけ、思わず付け加えるようにこう告げた。 「夕刻には光政殿も戻られる。舜海も」 「そうですか。それをいち早くに知らせに来てくださったのですね」 「いや、そういうわけでは……」 「さ、中に入ってお休みになって。すぐに何か暖かいものを持ってきますから。夜露で冷えましたでしょう?」  宇佐の手が千珠の袖に触れ、中に入るように急かした。 「さぁ、お早く」 「……」  千珠は何も言わず、頷く。由宇はにっこりと笑った。

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