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四十三、宴の夜
夕刻、光政たちが帰還した。
兵たちの帰還については、千珠によって先んじて知らされていたため、城下町では盛大に軍勢を迎える支度がなされていた。疲弊しきっていた兵士たちも、民の熱い感謝の言葉や振る舞いに、生気を取り戻しつつあるようであった。
そのまま城へ入ると宴が始まり、兵士たちは久方ぶりに人間らしい食事を振舞われ、酒を飲み、女たちの柔らかな肌と戯れるのであった。
光政の周りにも、多くの側女が集まった。光政は疲れた表情ながら、そんな女たちに差し出される食事や酒を美味そうに食していた。その場は、とても華やかな祝の席である。
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そんな宴席から離れた場所で、舜海と柊は酒を酌み交わしている。
「何もこんなとこで飲まんでも……」
と、柊がぼやく。
しばらく使用する機会がなく、すっかり空気の淀んでしまった道場の戸という戸を開け放ち、そこで二人酒を酌み交わしているのだ。遠くに、兵や女たちの嬌声、楽しげな音楽が聞こえてくる。
「しょうがないやろ、殿と俺は今気まずいねん」
舜海は足を投げ出して天井を仰ぐ。
「あーあ、なんであんなことしてもうたかなぁ」
「一体何をやらかしたんやお前。あ、さては……」
柊のもったいぶった間に、舜海はぐっと詰まった。柊は、全てを見透かすような眼で、じっと舜海を見ている。
「……そうかそうか、二人きりだったものな、しゃあない話やな」
柊はうんうん、と納得したように一人で頷きながらそう言った。
「おい、言うなよ誰にも。特に留衣には絶対言うな」
「留衣には、ということは。そうかやっぱりそういうことになったか」
「何やお前、かまかけたんかい!」
柊は忍装束のまま、頭巾を外しただけの格好であぐらをかいている。髪を全て結い上げすっきりと出した額には、戦で負った傷を覆う白い晒しが巻かれている。
涼し気な切れ長の目元に面白がるような笑みを浮かべたまま、酒を静かに舐める柊を恨めしそうに見遣り、舜海は頭をぼりぼりと掻きむしった。
「まぁ、よいやん。千珠さまかて、合意の上やろ」
「おい、俺が無理矢理襲ったような言い方するな。あんまりにも寂しいって泣くし、誘われたようなもんやし……」
「ふうん、なるほどねぇ」
「……」
舜海は柊の目を振り切るように、ぐいと酒をあおった。
「まぁ、無理もなかろうて。坊主のくせに女好きという、僧侶の風上にも置けへんような生臭なお前が、あんな長い間戦場に狩りだされて。そしてそこいらのおなごよりも遥かに美しい千珠さまと二人きり。我慢がきくはずがない」
「その通りや。流石は幼馴染、よう分かっとるやん。所々耳は痛いが」
「そんなお前を、大事な大事な千珠さまと二人で行かせる殿も人がお悪い。忠誠心でも試されてたんちゃうか」
「殿がそんな下衆なことすると思うか?……ま、こうなった以上しゃあないやろ。俺は今まで通りふらふらとさせてもらうがな」
「で、千珠殿はどうだったんや?」
柊は、今までの真面目くさった表情を一変させ、またにやりと笑った。
「え、お前、そんなこと聞くんか?」
舜海は一瞬ぎくりとしたが、ふと、その時のことに思いを馳せた。
あの身体、表情、声……まるで熱病のように交わったあの夜のこと。思い返すだけで、舜海の身体は再び熱くなる。
「……」
舜海が黙ってぼうっとしていると、柊が舜海の頭をはたいた。軽い音が道場に響く。
「いって!!何すんねんお前!」
「阿呆面しなや。そんなに良かったんか」
「……おぅ」
「やれやれ、今後は城ん中でやんなや。どこで見られてるか分かれへんからな。てか俺も見たないし……いやちょっと見てみたいかも……」
「黙れ。もうしぃひんわ!あんなこと」
「そうでっか」
柊はつまらなそうに、酒を舐める。
「ところで千珠はどこに?」
と、舜海。
「さぁな。一人で先に帰って来てはったらしいけど、その後は知らん」
「まさか、ひとりで出て行ったなんてことないやろうな!?」
ふと、千珠の迷いに満ちた言葉を思い出し、たまらず舜海は勢い良く立ち上がった。盃をひっくり返して、一目散に道場を駆け出してゆく。
取り残された柊は、ため息を吐きながら肩をすくめた。
「めちゃめちゃ本気になっとるやないか」
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