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十三、女の生き方

「……高い!なんて高さを飛ぶんだ!お前、鳥みたいだ!」  留衣はまるで子どものようにはしゃいだ声を上げた。千珠が木を蹴って空に飛び上がるたび、大きな声で笑う。千珠もその声につられて、少し声を立てて笑った。 「五月蝿いぞ留衣。そんなにはしゃぐと落ちる」 「あははっ、大丈夫だ!なんて気持ちがいいんだ!」 「はは、変な女」  千珠は海の見える崖先を翔ぶように疾走り、山に入ると、木々の枝を蹴って跳んだ。道を遮る大河をも、停まっていた船を蹴って造作もなく飛び越えてゆく。   留衣は足元に見える水面や、感じたことのない風の感触や、眼下に拡がる壮大な風景をきらきらと目を輝かせながら見つめている。   「お前はいいな、千珠」 「ん?」 「お前が色々苦労していたのは知ってるよ。でも、お前は強い、誰よりも」 「昨日紗代様にやられたけどな」 「ははっ、そうらしいな。……でも、羨ましい。私は女だ、これからどんどん男には敵わなくなっていく」 「なんだ、いつもの威勢はどこへいった?」  そう言いつつもそんなことを言われてしまうと、背中に感じるふんわりとした体温や、柔らかい身体を急に意識してしまう。晒しで押さえていても、留衣の胸元は男のそれよりもずっと柔らかく、体も軽い。 「重臣の連中から、そろそろ縁談をと言われるのだ」 「……そうか」 「亡き両親も重臣たちも皆、私が武道を好み、忍の修行まで始めてしまったことを良くは思っていない。兄上が私をずっと庇ってくれていたから、今まで自由にやって来れたのだ」 「へぇ」  今まで聞いたことのない話が、留衣の口からほろほろと語られ始めた。千珠は背中から伝わってくる留衣の声を漏らすことなく聞き取ろうと、疾走りながら耳をそばだてる。 「でも、この世は平和になった。そろそろ女としての仕事を果たさなければいけないかもしれないと、考えるようになってきた」  留衣は千珠の背中にしがみつく腕に、ぎゅっと力を込めた。千珠はどきりとする。 「……縁談、か。じゃあ、お前はこの国を出て行くのか?」 「そうだな、そういうことになる。昔は政略結婚なんて珍しいことじゃなかったからな。今は(まつりごと)のために縁談を結ぶわけではないが、やはり国と国とが女で繋がるということは、確固たる関係が築かれることになるわけだし」 「そうか……お前はそれでいいのか?」 「……願わくば、ずっとここにいたい。共に戦った仲間がいて、家族がいて、愛おしい場所だ。それに……」  千珠は無言で、留衣の話を聞いていた。今まで淀みなく話していた留衣が、少し言葉に詰まる。 「……お前とだって、離れたくない」  小さな声で、留衣はそう呟いた。千珠は己の心臓が、かすかに跳ねるのを感じた。 「そうか……」  千珠は何とかそれだけ返事をする。留衣は取り繕うように笑うと、いつもの快活な口調に戻ってゆく。 「あははっ、まぁ一応私は城主の妹だからな。逃れられぬ定めなのだ。その内、盛大に輿入れしえゆくから見ていろよ」  千珠は何も言えず、留衣を背負いながら疾走る。留衣もそれ以上、何も言わない。  二人がただ黙りこくっている内に、三津國城が見えてきた。  

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