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十二、呪いの正体

 匂いがどんどん強くなる。  生臭さが増し、千珠は眉を寄せて顔をしかめた。一度背の高い木の上で立ち止まり、辺りの気配を窺った。  見渡すと、切り立った崖に近いこの荒れ果てた土地にも、どうやら以前は村があった様子だ。水田の跡があり、人の手が入っていた様子が見受けられた。その先に目をやると、火事で焼けてしまった家や家畜小屋の残骸が、黒い煤に汚れて朽ちている。  しかし人っ子一人見当たらない。生き物の気配も一切しない。既に滅びて久しい村のようだ。  千珠はその地に降り立った。匂いは濃く、ここが元凶であることは明らかであった。 「あ……」  千珠は家の中に、縺れ合って死んでいる人間の遺骸を見つける。戦の後、疲弊した土地を狙って各地で盗賊が増え、千珠たちも幾度と無くその討伐に出たものだが、この村でもそういった類の悲劇が起こったのだろうか。  歩いていると、目の先に雑木林が現れた。その奥に、赤い鳥居が覗いている。千珠は確信を求めその方向へ向かった。  鴉があちこちで鳴いている。ここにも人の気配はないが、この奥から呪いの気配がしているのは間違いない。千珠は辺りを警戒しながら鳥居をくぐり、玉砂利の上を歩いた。じゃり、じゃり、と足元で小石のぶつかり合う音が響く。辺りが静かなだけに、その音は異様に大きく聞こえた。  ふと、背後に気配を感じた。  千珠は瞬時に脇指を抜き、地を蹴って背後に迫る者に切っ先を向けた。  黒い装束に身をまとった者の胸ぐらを掴んで玉砂利の上に引き倒し、千珠は脇指を首筋にぴたりと突きつける。  そして、目を見張る。 「る、留衣!?」 「千珠!」  千珠はぱっと留衣の上から退く。留衣もさっと体勢を整えると、抜きかけていた刀を背中の鞘に収めた。  留衣は口布を下げ、千珠に顔を見せる。 「お前、つけてきたのか?」 「何言ってんだ?俺は匂いを辿ってここまで……。え、お前が犯人?」 「阿呆。そんなわけないだろ、昨日の夜から、あの首飾りのこと調べてたんだ。そしたら、ここが、義父の言う商人が立ち寄った里だってことが分かったんだよ」  千珠はぽかんとして「この数時間で、何でそこまで分かる」と、尋ねる。 「紗代様のお父上と話せばそれくらい分かる」 「……俺達が夜中ばたばたしてる間に、もう突き止めてたのか」 「そのまま大人しくしていろという方が無理な話だろ」  留衣は勝気な笑みを浮かべ、肩をすくめた。 「ここはな、先の戦で負けた東軍の一味が落ち延びた里なのだそうだ。この通り、山深い痩せた土地。その先の海も波が荒く岩だらけで、漁場には向かない。人々は一生懸命耕そうとしたが、実りは少なく飢饉になったらしい。 宋の商人が持っていた首飾りは、ここで落ち延び暮らしていた東軍の姫君が持っていたものだそうだ。商人の示した金額に目の眩んだ従者たちが、小金欲しさに姫君を殺し、商人にそれを売った。そして、その金を求めてまた仲間割れが起こり……この有り様だということだ」 「よくもまぁ、そこまで詳しく」  千珠は素直に感心している。留衣は得意げに笑う。 「忍の情報網をなめるなよ。これくらい、この辺りに住む漁師たちに聞けばすぐに分かる」 「へぇ、すごいんだな、お前」  これまた素直に千珠が褒めるものだから、留衣は頬を赤くして、照れ隠しなのかつんとそっぽを向いてしまった。 「この社に何があるんだ?」 と、千珠は朽ち果てそうな社を振り返る。 「それはこれから調べる」 「なんだ、そこは俺と同時かよ」 「五月蝿い。お前、何か嗅ぎつけてここまで来たんだろ?」 「微かに匂う……が」  千珠は社に踏み込んだ。留衣もそれに続く。  社の中は十畳ほどの広さで、何も無いがらんとした薄暗い空間である……はずだった。  しかし、その床のそこここに積み重なるように倒れ伏した人間の遺骸が横たわっていた。 「何てことだ」  狭い社の中に立ち込める死臭に、千珠は思わず口布を上げて鼻を覆った。留衣の息を呑む気配が、背後から伝わってくる。  千珠は遺体のそばに跪き、その身体を調べ始めた。 「十九人、刀傷と火傷で命を落とした者が多いようだな。仲間割れの果てに火に巻かれて、救いを求めてここまで逃げてきたのだろう」 「悲惨だな……」  留衣は耐えきれなくなったのか、先に外へ出てしまう。千珠も腕組みをして、社の外へ出た。 「何故あの義父上はそのような物騒なものを娘に?」 「人の良いお義父上のことだ、何かいいように言い包められたのだろう。一族繁栄とかなんとか」 「なるほどね。首飾りの呪いは、殺された姫君の怨念ということか。ここを供養してもらえば、きっと念は晴れるだろう。ここには苦しんでいる魂がたくさんいる」 「そうだな……」  留衣はため息を付いた。やるせないという表情である。 「一度退こう。早く供養せねば。紗代様の魂を食い尽くされる前に」  千珠は頭巾を再びきっちり巻き直すと、留衣を見た。 「先に行け、お前の足にはついていけない」  留衣はやや悔しげな表情でそう言う。しかし千珠は首を振った。 「こんなとこに女一人で置いていけるか。しょうがないな、おぶされ。ほら」  千珠は留衣の前に背中を向けてしゃがみ込むものだから、留衣はきょとんとして「はあぁ?お前におんぶされて国まで戻れというのか?」と、言う。 「そっちのほうが早いだろう?ほら早くしろよ」 「いい、自分で帰る。時間がないんだろう、早く行けよ」 「だからお前一人置いて帰って何かあったらどうするんだ?ほら、いいから行くぞ!」  千珠はいつになく()いた口調で留衣の手を掴むと、無理やり背中に掴まらせるやいなや、その場から跳んだ。  あまりの高さと速さに、留衣は慌てて千珠の背中にしがみつく。

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