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十五、戯れ

「おい、開けるぞ」  舜海が千珠の様子を伺いに部屋を覗くと、千珠は忍び装束を解いて着替えているところだった。肩から胸にかけて巻きつけられた、白い晒しが痛々しい。 「なんだよ」 「いや……さっきのこと、気にしてへんかなと思ったけど。そんなことあるわけないな」 「当然だ。今更あんなことで動揺するか」  しゅっ、と衣擦れの音がする。舜海は襖を閉めると、そこに寄りかかって腕を組み、千珠を眺めた。素肌の上に薄灰色の着物を羽織り帯を腰に巻くと、その動きにつられて耳飾りが揺れて紅くきらめく。 「そろそろ城のもんも起き出すな。紗代様のこと、どう伝わるやら」 「供養はしてるんだろ?」 「お前の足と一緒にしたらあかんぞ。普通の馬の足じゃ、その村に着くのは夕刻になる」 「紗代様の命が持つかな」 「微妙なところやな。お前の傷は?」 「どうもない」  ふ、と舜海の手が千珠の肩に伸びたかと思うと、傷を負った左肩をぐいと捕まれ、千珠は激痛に膝を折った。 「……ってぇ!」 「全然どうもないことないみたいやな」  舜海は肩をすくめて、千珠の着物の襟元をぐいと開いた。白い晒しに紅い血が滲んでいる。 「お前が今掴んだからだろうが」 「阿呆か、ちょっと撫でただけやないか。肩出せ」 「くそ、今着替えたとこなのに」  千珠は不機嫌な表情であぐらをかくと、袖から肩を抜いて左肩を出した。  舜海は晒しの上に掌を当てると、目を閉じて意識を集中させる。じんわりと、千珠の肩に熱が伝わってくる。 「いいのか、貴重な霊力を治癒にあてて」 「ちょっとぐらいええ。お前が手負いでいるほうが痛い」  舜海の気が、傷口を通して千珠の中に送り込まれ、紗代に食い千切られた肉が癒されていくのを感じた。  霊力を放出し、相手を治癒するのは高度な技であるため、舜海の額には汗が浮かび始める。千珠はそれを見て、舜海の手首をつかんだ。 「もういい」 「ぐは、やっぱり体力使うわ!」  舜海はどたっと、畳の上に倒れこむ。千珠は自分で左肩に手を添え、傷の具合を確認してみた。さっきまで血がじゅくじゅくと止まらなかった傷口が、すっかり塞がっている。ぐるぐると肩を回しても、痛みはない。 「おお、やるじゃないか。これならあの怨霊も一撃だな」 「そうかい、それならちゃちゃっと片付けてもらおうか」  舜海は起き上がると、やおら千珠を後ろから抱きしめた。千珠の治癒された傷の上を唇で微かに触れ、解き残していた晒しをするりと取り去る。 「……やめろよ、城では俺に触れるなって言ってるだろ」  舜海は無言のまま千珠のなめらかな背中を撫で、首筋や耳に唇を寄せた。千珠はそこから逃れようと顔を背けたが、ぐいと背後から舜海に顎を捕らえられてしまう。 「月に一回じゃ我慢できへんな」 「馬鹿、そんなこと知るか。町へ行って女でも抱いてくればいいだろう」 「そうする時もあるが、俺はもう、お前の身体やないと満足できへん。どうしてくれんねん」 「は? 知るか」  千珠が無理やり顔を背けると、舜海は千珠の身体を荒々しく土壁に押し付けた。膝で千珠の膝を割りながら、深く口付けをする。 「……んっ、おい……!」 「ひと月我慢するだけでこの様(ざま)やのになぁ……。殿の苦しみを想像すると気ぃ狂いそうになるわ」 「……!」  千珠は閉じかけていた目を、開く。  脳裏に、ふと夜明け前の光政の掌の感触が蘇った。  そして、合戦に明け暮れていた頃の夜のことも。  光政は、初めて千珠に居場所を与えた存在だった。そして、千珠に深い交わりによる温もりを教えたのも光政であった。そういった意味でも恩義もあり、特別な情が無いわけではない。  だが、奥方がいて、この国を治めていく存在である光政が、いつまでも自分のような者に執心していてはいけないと思った。  だから冷たく突き放した。  光政の視線に気づかないわけではなかった。彼がまだ、自分に対して特別な気持ちを向けていることは薄々気づいていた。  それでも、生まれたての元気な赤子と過ごす幸せそうな光政の顔を見て、自分の行いが間違いではなかったと感じていた。  舜海は千珠の着物の帯に手を掛けながら、耳朶を甘く噛みながら囁く。 「夜明け前、殿がお前んとこから出て行くのを見た。なんとも言えへんつらそうな表情やった」 「やめろ……ん、ぁ」 「嫌やったらいつもみたいに殴り飛ばせばええのに。お前もこうしている時は、俺に逆らえへんな」  舜海は楽しげにほくそ笑むと、眼を閉じて快感に耐える千珠を見下ろした。千珠の手首を壁に縫い付けたまま引き締まった腹を指でなぞり、千珠のものを手中に含むと、ゆっくりと扱き始める。 「っ……よせって……言ってるのに」  壁に押し付けられたまま、恥じらうように頬を染めながら、上目遣いに舜海を睨む。舜海は顔を寄せ、千珠の唇を塞いで舌を絡めた。 「んっ……んぅっ……」  声が漏れるのを、目を閉じ眉根を寄せて堪える千珠の表情はどこまでも扇情的である。そんな顔に煽られ、動きを一層早くすると、千珠は舜海の掌の中で果ててしまう。  倒れ込みそうになるその身体を抱き止め、舜海は低く笑った。 「はぁ……は……」  舜海は満足げな表情で千珠を見つめる。千珠はぼうっとした頭を振ると舜海の胸を押して身体を離し、ささっとはだけた着物の前を隠す。 「出し惜しみするなや」 「う、五月蝿い」 「さぁて、俺は朝飯でも食ってくるかな」 と、何事もなかったかのように立ち去ろうとする舜海の袖を、千珠は掴んだ。 「待てよ、そんな状態で出ていくのか。恥さらしな奴め」  舜海の法衣の前は、屹立したもので大きく盛り上がっていた。舜海は座り込む千珠の前に膝をつくと、 「なんや、続きしてもええんか? そろそろ人が動き出すやろ」 と、言った。 「続きじゃない、寝ろ」 「!」  一瞬で千珠は舜海を引き倒し、その上に馬乗りになると、法衣を開き始めた。 「おい、何してんねん。いいって、そんな……」 「黙れ」  千珠はそう言うと、いきり立つ舜海のものを赤い唇の中に咥えこんだ。  熱くねっとりとからみつく千珠の舌や唾液に、舜海はふるりと身体を震わせた。千珠がこんなことをするのは初めてだ。舜海は自分の股ぐらに顔を埋める千珠の美しい顔を、まじまじと見つめた。 「ん……あかんて、お前……」  千珠は愛撫をやめず、流れ落ちてくる銀髪をうるさそうに耳にかける。そんな仕草も、どんな女よりも艶っぽく見え、舜海は体中の血液が千珠に吸い取られるような感覚を覚えた。 「っ……あかん、いく……!」  舜海は千珠の口の中に、大量の体液を迸らせた。千珠はそこから口を離すことはせず、舜海の雄芯の中から精を吸い、全てを美味そうに飲み干している。  顔を上げた千珠はぺろりと舌なめずりをして、唇を吊り上げて笑った。 「やはりお前は美味だな」 「お前、どこで覚えたんやこんなこと」  舜海は息を整えて半身起き上がった。下半身が甘く痺れている。 「お前がいつもやってるだろ」 「……それもそうやな」  舜海はふっと、笑った。 「光政のこと、もう言うな。今さらどうなるものでもないんだからな」  千珠は着物を正しながら、舜海に背を向けた。

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