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四、紅色の数珠

「怪しい小僧?」   自室の縁側で足の爪を小刀で切っていた舜海は、その手を止めて顔を上げた。 「はい、大きな編笠を被った小柄な奴で」 「ふうん。こないだの事件のこと、何か嗅ぎとったんかな」 「何やらこの城の中から不穏な気を感じると」 「うーん、千珠の妖気のことやろうけどなぁ」 「はぁ」 「よし、忍の誰かに見廻ってもらおう。ご苦労さん」   兵は一礼して駆け足で去ってゆく。舜海はわしわしと片手で髪を乱しつつ、溜め息を吐いた。 「入るぞ」  当の千珠の声がして、襖がさっと開く。湯上りなのか海老茶色の浴衣を着流しにして、手拭いを肩に引っ掛けている。 「お、ちょうどいいところに。お前、ちゃんと妖気は抑えて行動してるか?」 「見舞いに来てやったのにいきなり文句か。当然だろ、城を出るときも気を付けている」 「今日、この城から不穏な気を感じるって、怪しい小僧が訪ねてきたらしいねん」 「そうなのか?」  千珠は難しい顔で腕を組んだ。 「忍衆を見廻りに行かせるけど、お前も気をつけとけ」 「あぁ。ところでお前の傷はどうなんだ?」 「おお、もうすっかりええで!こんなにのんびりしてしもうたし、身体がなまってしゃーないわ」  腕をぐるぐる回しながらそう言う舜海から感じる霊気は、確かにかなり回復しているようだ。紗代に取り憑いた怨霊の断末魔の攻撃に腹を貫かれ、呪いの傷を受けたのである。 「そうそう、今日は夕刻あたりから客が来るぞ」と、舜海。 「ふうん、誰?」 「周防(すおう)の国の殿様の嫡男が訪ねてくるんやて。殿とは古い付き合いでな」 「あっそ」  千珠は大して興味を示す様子もない。 「ま、俺には関係ないさ。とりあえず、その小僧のことは気をつけておこう」 「せやな、差し当たりそっちか」 「俺も見廻りに出るよ」  千珠は立ち上がると、舜海の部屋を出て、忍び装束に着替えるべく自室へ引き返す。  ふと、千珠は自分の手首に巻かれた珊瑚の数珠を見下ろした。今は亡き母からの贈りものであると、育ての親であり族長であった祖父に教えられたものだ。その頃は、ただのお守りだと思っていた。  しかしこれは、千珠の体内に収められた白珞族の宝刀の力を、抑えるものであるらしい。並外れた力を持つ宝刀を納められるような鞘はこの世に存在しないため、千珠の身体自体を鞘としているのである。白珞族に代々伝わるこの宝刀を持つ者は、常にそうして身の内に宝刀を収めてきた。  その数珠は宝刀の力を抑え、千珠自身の妖力をも抑える役割を担っているというわけだ。人の中で生きていくには、千珠の妖力は強力過ぎて、放っておくと周りの人間達に影響が出ないとも限らないからだ。  ――数珠の力が弱まってるのか……?    千珠の中に、ちらりと不安が湧く。

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