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十三、宇月の仕事
千珠は宇月の捕らえられている牢へと、早足で向かっていた。解けるものならこの術、速く解いて欲しかった。
つかつかと城の裏手へゆき、地下牢に入るための木の引き戸をぐいと開けると、少し黴臭い空気がもわりとが千珠の鼻をつく。木製の梯子には目もくれず、千珠はひょいとそのまま地下に飛び降りると、音もなくじめじめとした地下牢の中に降り立った。
十畳ほどの広さの中、中心の通路を挟んで牢が四つ据えてある。明かり取りの小さな小さな窓から細く光が差し込む下に、蹲っている小さな影が見えた。
千珠はその影の前に歩み寄る。膝を抱え、腕の中に顔を埋めて微動だにしない。
「おい、寝てるのか?」
千珠の声に、宇月はゆるゆると顔を上げた。僅かな光の中、宇月の顔はひどく疲れているように見える。
「……あなたは」
「術を解く術は見つかったのだろうな」
「……申し訳ありませぬ。暗くて書が読めず、まだ何も出来ていないのでござんす」
千珠はため息をつく。確か宇月の持ち物は全て取り上げられ、忍寮で保管されているはずだった。
「それを見ねば解けぬのだな」
「……申し訳ありませぬ」
宇月は項垂れた。千珠は少し考えると、入口の方へ戻って壁に掛けてある鍵を取り、宇月の牢の鍵を開けた。宇月は驚いた顔で、千珠を見上げる。
「来い、ここにいたって何にもならないなら、上で調べ物でも何でもして、俺の封印を解け」
「え、でも……」
「この暗闇に一日中いたいのか?」
宇月は何度も首を振った。千珠は宇月の手首を戒めている手枷を持ってぐいと引き、宇月を立たせた。千珠の胸元あたりに頭がある、あまりに小柄な女である。
梯子を登らせるのは面倒だったため、千珠はひょいと宇月を横抱きにして、地上まで一跳びした。宇月はそんな千珠の身のこなしと、自分を抱き上げるその端正な横顔に、終始呆然としていた。
地上に宇月を下ろすと、自分を見上げて少し頬を赤らめているいるその視線に気づき「何を見ている」と、言った。
「いいえ……あの、すごい力だなぁと」
「いつもならもっと跳べるんだ。これでは見廻りにも出れない」
牢の上に位置する四畳半の小さな仕置部屋に、千珠は宇月を連れて行った。ここは普段、尋問などに使われる部屋だ。城の北側の裏手にあり、日の当たらない薄ら寒い場所である。格子のはまった窓の外はすぐ城壁があり、その上はいつも見張りの兵が歩き回っている。
千珠は宇月の風呂敷包を無造作に床に置いた。仕置部屋に備え付けられている楔に手枷から伸びた鎖を結わえ付け、錠を施す。
「この中なら動き回れるし、下よりは明るい。妙な真似はするなよ」
「はい!ありがとうございます!」
宇月は大切そうに荷物を抱え、涙目で千珠に礼を言った。
物音がしたかと思うと、部屋の外に柊が来ていた。柊は事情を知らされている。
「千珠さま、このようなことを勝手にされては……」
「あそこに入れていても仕方が無いだろう。俺も何度か見に来る。お前が見張っててくれないか」
「そら、ええですけど……。まぁ、他の奴らにはうまいこと言っておきましょう」
「頼む」
と、千珠はほっとしたように微笑んだ。柊はすんなりと千珠のわがままを聞き入れ、腕を組んでため息を付いた。
「そんな顔されると、断れませんな」
「すまん。何かあったらすぐ呼んでくれ」
「はいはい」
千珠が行ってしまうと、柊は仕置部屋の入口にもたれて、宇月を見下ろした。宇月は、荷物を抱えたままびくっとする。
「お前、どんな技が使えるんや?」
「あ……えと、小さな妖かし封じや、式を飛ばすことはできます」
「式?ああ、式神のことか」
「はい……」
「そんなびくびくせんでええ。まぁ俺は今日はここでのんびりさしてもらうわ。お前も好きに勉強せぇ」
「はい。ありがとう……ございます」
宇月は忍の二番頭である柊の意表をつく優しい言葉に、少し面食らった表情をしながらも、深々と頭を下げた。そして、一心に書物に向かい合う。
柊は入り口を開けたまま、部屋の外にあぐらをかいて座り込んだ。じめじめと苔むした城壁や、そこに生える痩せた木々を眺めながら。
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