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二十、房中術
「どうした?」
「え、いえ……あんなにお疲れになってしまうなんて、私はいらぬことをしてしまったと、改めて反省していたでござんす」
「あれはそんなんじゃないで。単に色事でお疲れなだけや」
「へっ、あ、ああ……なるほど、それで」
宇月は真っ赤になると、ごそごそと再び机に向かい、両手で赤く染まった頬を押さえながら書物に向かっていた。柊はふと、こんなことを訊ねた。
「そういう色事で、気が落ち着くことがあるんか?」
「へっ?え、ええまぁ。房中術と言って、それを術にしている者もいるくらいでござんすよ。交わりによって気を高めることも乱すこともできるのでござんす」
「ふうん。無意識にそういうことができる奴もいるのか?」
「はい、稀に。気の相性がとても良い相手に巡り合うと、そういう効果が現れることがあるでござんす」
「なるほどね」
千珠と舜海の関係を知っている柊は、心の底から納得していた。道理で、本能的にお互いから離れられないわけだ。
「それで千珠さまの気が落ち着かれているのですか」
宇月も納得したように頷いていた。
「知ってか知らずか、お互い本能的にそういう相手を見つけているらしい」
「それは……あの忍頭のお方でござんすか?」
宇月は、おずおずと柊にそう尋ねた。柊は一瞬ぽかんとすると、その後吹き出した。
「違う違う、留衣殿はそういう霊感の類は皆無やから。千珠さまのお相手のことが気になるのか?」
「い、いえ……もしそうならとてもお似合いだなと思っただけでござんす」
宇月は手を振り回して弁解した。柊はにやにやすると、隣の部屋で寝入っている千珠の様子を覗く。
「男も女も惹きつけるお方や」
「え?」
「いや、何でもない」
柊は首を振ると、人知れず笑みを浮かべた。すると、俄《にわか》に城の中が慌ただしくなっていることに気づく。
「竜胆 、いるか?」
「はい、柊さま」
柊がどこへともなく声をかけると、忍装束の若い男が音もなく現れた。
「何かあったか?」
「舜海殿が、何者かに怪我を負わされ、意識を失った状態で見つかりました」
「何やて?」
柊は眉を寄せて竜胆と呼ばれた男のほうを睨む。竜胆は、黒い布で隠れていない目元だけで、頷く。
「確証はありませぬが、東條兼胤とやり合ったようです」
「またしょうもない喧嘩か?あいつのこと嫌いやったもんな」
柊は急に興味を亡くしたようにため息をついた。
「それにしては、ひどいお怪我です。腕が外され、肋も何本か折られていました」
「……なんや、喧嘩にしては派手すぎるな」
「まぁ、薬師に見せたところ、そのうち目は覚ますだろうと。しかし、災難続きですね、舜海殿は」
「この間の怪我から回復したかと思ったらこれか」
柊は腕組みをして空を見上げると、気遣わしげにこちらを窺っている宇月をちらりと見た。
「竜胆、俺は今日はここから動けへん。あの男から目ぇ離すなよ」
「はい」
竜胆は再び音もなく姿を消した。宇月はそれを見ると、目を大きく見開いた。
「舜海様というのは、あの僧のお姿をしたお方でござんすな?」
「ああ、そうや」
「お強そうな方でござんすのに」
「ここにいま来ている客人の弟君とは、犬猿の仲でな。毎回何かしらしでかすんや」
「そうですか……」
「千珠さまには……まぁ起きてからお伝えするか」
千珠は、このことを聞いたらどういう顔をするだろうか……柊はふとそんなことを考えた。
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