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二十一、其の知らせ

「……そうか」  柊から、舜海の負傷についての知らせを聞き、千珠は小さくそう応じた。  顔を上げて、土砂降りになっている空を仰ぐ。明け方は朝日がきれいに差し込んでいた部屋であったが、今はどんよりと薄暗い。 「俺は何時間寝てた?」 「四時間ほど」 「あいつが見つかったのは?」 「千珠さまが寝入ってしまわれてから少し後やな」 「そうか。何をやっているんだか……」  ――城に戻ってすぐにやられたのか……と千珠は思い巡らせる。人の気配などしなかったはずなのに。  千珠は立ち上がると、舜海の様子を見るべく部屋を出ようとした。そんな千珠に、柊は忠告をする。 「相手はお察しの通りやと思います。でも、確証がないから何も言えへん。あいつら、会えば毎回こんなことしとったけど、今回はちょっと惨い」 「そうか……。どういうつもりか分からないが、まぁお返しにあいつを半殺しにする理由があればいいんだろう?」 「そうやけど……一体何するつもりですか?」 「あの男、俺のこと手篭めにするつもりでいる」 「えっ」  柊はぎょっとして顔を歪めた。 「暮れ方には妖気も戻ると言っていたな。兼胤が俺に手を出してきたら、その時に返り討ちにしてやろう」 「はぁ、夕方まではあまり無茶をしないでくださいよ」 「分かってる」  千珠はすっと襖を開けて小部屋を出て行った。柊もそれに続いて外に出ると、歩いて行く千珠の背中を見送る。  仕置部屋からは、格子越しに宇月がじっとそんな二人を見上げていた。柊の視線に気づくと、はっとしたように顔を机に戻す。 「聞いとったんか」 「聞こえたのでござんす」  柊はやれやれと首を振り、また廊下に座り込む。 「妖力が戻る時間ははっきり致しませぬ。どうかお一人になられませんよう、お気をつけてくださいませ」  宇月は少し不安そうにそう言った。自分が封じてしまったことで、色々と不都合が生まれていることを悔やんでいるような表情であった。 「もちろんそうするさ」 と、柊は言った。  ✿  舜海は、文字どうりぼこぼこにされていた。  腫れ上がった顔と、包帯を巻かれた腕と胸。傷だけで言えば、この間の霊傷よりもずっと酷かった。  ついさっきまで千珠を抱いていた両の腕は、だらりと力なく布団に横たえられている。じっと千珠を見つめていた熱い目も、腫れた瞼と当てられた湿布で今は見えない。  舜海の痛々しい姿を目にした千珠は、僅かに表情を強張らせ、静かに拳を握り締めた。よりによって光政と兼貞が地方への視察のため、二日ほど留守をする間にこんなことが起きてしまった。 「舜海……」  千珠は舜海の枕元に正座して、その額に手を当ててみた。いつも熱い舜海の身体だが、今日は熱を持って更に熱い。千珠はそっと、舜海の硬い黒髪を白い指で梳く。 「千珠さま、汗を拭きますね」   障子が開いて、舜海の幼馴染である由宇(ゆう)が、新しい水の入った桶を持って入ってきた。知らせを受けて看病にやって来たのだ。  千珠は頷くと、舜海の目元を冷やしていた晒しを外す。 「まったく酷いことです。どこぞの賊にでもやられたのでしょうか?」  由宇は冷たい水で晒しを濡らしながら、そう言った。 「おそらく。……大方、酔って帰って来たところをやられたのでしょう」  千珠は努めて軽い口調でそう言うと、由宇はくすっと微笑んだ。 「そうかもしれませんね。この間もひどく酔っておられましたものね」 「ええ。でも、直ぐに目を覚ましますよ」 「はい」  由宇は少し翳りのある笑顔を浮かべる。そんな顔を見ていると、さらに兼胤への怒りがつのった。 「賊は俺が退治しておきましょう」 「千珠さまがそう言ってくださるのなら、頼もしいですわ」  由宇は少し明るい顔をして健気に微笑むと、舜海の蒲団をかけ直し、その胸の上にふっくらとした手を重ねた。

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