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二十七、留衣の決心
千珠は、丸一日眠り込んでいた。
目を覚まし、留衣から聞かされた被害の状況は、打たれ弱い千珠を罪悪感の奈落に突き落とすには、十分過ぎるものであった。
柊、宇月、竜胆に対して怪我を追わせてしまったこと。
また、兼胤は心身ともに深く打撃を受け、しばらく正気には戻れないだろうということ。
そして、兼胤に傷めつけられた身体を気力だけで無理に動かした舜海も、しばらくは絶対安静であるということ。
「……俺……どうしたらいいんだ」
「まぁ、兼胤の件はあいつに問題がある。忍達の怪我は大したことないし、宇月はもう動き回っている。さすがに陰陽師だな、こういうことには慣れているそうだ」
「……あいつにも怪我させたのか」
「おあいこだな。宇月がお前を封じなければ、今回の事件は起こっていないのだから」
「……」
千珠は頭を抱えて、布団に項垂れた。そんな千珠の身体にも、あちこち晒しが巻かれている。兼胤にやられた傷だ。
「とりあえず、謝ってくる」
千珠は布団から出ようとしたが、留衣に押さえつけられてまた座り込んだ。
「まぁ少し待て。みんな、怒ってなどいないから」
「でも……」
「宇月が、ちょっと小細工をしてくれた」
「え?」
「今回のことは、噂にしたくないだろうと言ってな、宇月が忘却術というのをやったのだ」
「忘却?」
「兼胤から、ここに来てからの記憶を消した。あれは、酔って外に出たときに賊にやられたということにしておく、と」
「……でも舜海の怪我は……」
「あいつは自分でなんとでも言い訳するさ」
「柊達は?」
「忍達はもともと、こういうことは口外しない」
「……」
千珠は呆然として留衣を見た。留衣は千珠を安心させるように、少し微笑む。
「お前が気に病むことじゃない。兼胤には天罰だ。それから、宇月は色々と役に立ってくれたから、正式にここで召抱えることができないかどうか、兄上に進言するつもりだ。舜海も術を扱える奴を欲しがっていたし」
「……そうか」
千珠は複雑な表情をしつつも、安堵したように大きく息を吐いた。
そんな千珠の横顔を見つめながら、留衣はとあることを思い出していた。
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騒ぎを聞きつけ、道場に駆けつけたものの、妖気を爆発させる千珠の姿を恐ろしいと思った。
これが本当の、千珠の姿か……と。
真っ赤な目と、鋭く伸びた鉤爪、残忍な笑みを浮かべたあの表情。
いつもそこにいる千珠とは、全く違った。彼は妖鬼なのだ。
自分とは、遠く、異なる存在……。
留衣が動けずにいた所に、宇月と柊が駆けつけてきた。柊は迷うことなく道場に駆け込み、千珠を止めようとした。
宇月も、一瞬たじろいではいたものの、柊が弾かれるのを見た瞬間、迷うことなくあの凄まじい妖気の渦中に飛び込んでいったのだ。
そして、怪我をしながらも千珠を止めようとしていた。大の男達が掴まれ、弾き飛ばされているのを目の当たりにしているのに。
自分は、全く動けなかったのに……。
「宇月は、すごかったよ。あんな小さな身体で、お前のことを止めていた。だから舜海も間に合った」
留衣はぽつりとそう言った。千珠は顔を上げて、どこか悲しげな顔をしている留衣の顔を、怪訝な表情で覗き込む。
「どうしたんだ?留衣」
「なぁ、千珠……」
「ん?」
「お前にとって、私は……」
「え?」
――何も出来なかった私は、お前にとって、必要な存在なのだろうか。
――私は千珠に、恋をしていると思っていた。一緒にいたいと、思っていた。
でも、その全てを、受け入れる覚悟は……あるのだろうか。
「留衣?」
「……いや、どうもない。しばらくは、ゆっくり休めよ」
「ああ、うん……」
千珠を残して、留衣は部屋を出た。
早く兄に会いたかった。
そして、同時に兼貞の笑顔を思い出していた。
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