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序 逢魔時

 地響きのような、重く不気味な音がする。  それが自分の足音だと気が付くまでに、どういうわけか時間が掛かった。    暮れ泥む京の都。  逢魔が時の、花の都。  その字の示す通り、夜よりも影の濃くなるこの時は、いつにも増して力が漲るような心地がする。  街角に立つ、若い女の姿が目に入る。  いそいそと急ぎ足、闇に食われるその前に、安全な我が家へと急ぐような小刻みな足つき。  喉が鳴る。あまりに美味そうな獲物を見つけたことが、愉しくて。  これからあの女に降りかかる厄災を想像することが、愉しくて愉しくて仕方がない。  ずん……。  後足で地を蹴り、飛び掛かる。  振り返る隙を与えぬように、一足飛びに。  欲しいのは驚愕ではない。  俺を見て、恐怖する姿だ。  絶望に歪む、死に顔だ。  そして、断末魔の叫びを聴きたい。  女の甲高い悲鳴が、夕陽によって作られた闇の中から(こだま)する。  望み通りの、断末魔の嘆きが。

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