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十九、ここにいる
「ううう、うううう……」
千珠は、頭を押さえて地面に蹲り、苦しげに呻き続けていた。舜海はそんな千珠を引き起こして背中から抱き締め、言葉をかけ続けることしかできなかった。
「終わった、終わったんや。もうええ、もうええから。帰ってこい、千珠。俺を見ろ、千珠……」
ぶるぶる震える千珠の身体から、少しずつ力が抜けていくのを感じた舜海は、千珠の肩を掴んで向き直らせ、赤く染まった千珠の目を覗き込んだ。
「千珠!!しっかりせぇ!」
涙を流しながら、既にそこにはない魔境を求めるかのような目をしていた千珠が、ふと舜海と視線を交じらせる。すると、縦長に裂けていた瞳孔が、徐々に徐々に元に戻り始めた。
ひとつ、ふたつ瞬きをする度に、血のように赤く染まった瞳が、明るい琥珀色に戻っていく。荒い呼吸をしながら、頭を押さえていた手からも、ゆっくりと爪が縮んでいった。
「千珠!!おい!俺を見ろ!」
「……はぁ、はぁ、がっ……はぁっ……!」
尚も血が熱いのか、千珠は苦しげに息をして、また血を吐いた。舜海はたまらず、千珠を強く抱き締める。
「……俺は、何も出来ひんのか……!」
静かに歩み寄ってきた業平が、舜海の肩に手を置いた。舜海が振り返ると、業平は柔らかく微笑み、懐から小さな五芒星の描かれた懐紙を取り出した。
ふぅとひと息、吐息を吹きつけ、「鎮まり給え」と小さく唱えると、千珠の額にぴたりと押し付けた。
ぴくん、と千珠の身体が硬直し、一瞬後にはまるで糸の抜けたからくり人形のように、全身の力が抜けて崩れ落ちる。
「千珠!」
慌ててその身体を支え、舜海は業平を見上げた。業平は静かに微笑んで見せ、頷く。
「千珠……」
術に疲弊し、ふらふらになりながら駆け寄ってきた千瑛は、その成り行きを見守りつつ、舜海の脇に座り込んだ。そして、舜海の焼け爛れた右腕を見下ろし、痛ましげに眉を寄せる。
「ありがとう、舜海殿。こんな怪我をしてまで……」
そう告げ、深く頭を垂れる。
「いえ……。良かった。無事に終わって」
舜海はそう言うと、あちこちで倒れこんでいる陰陽師たちや、神祇官たちを見回し、さっきまで闇が渦巻いていた空を見上げた。
皮肉なほどに澄んだ美しい冬の星空が、そこにある。
ぴく、と身体を揺らした千珠の様子を窺うと、うっすらと持ち上がった瞼と、星空と同じくらい透き通った琥珀色の瞳が見えた。
「千珠……!」
ほっとしたように舜海が名を呟くと、千珠はぼんやりと舜海を見上げ、乾いた唇を薄く開いた。
「……終わったな」
掠れた声が、その唇からため息のように零れる。
「ああ、終わった。ようやったな、千珠」
「……俺は、ここにいるよな?」
千珠は舜海を見上げて、重たい瞬きをした。
「ああ、ここにいる」
しっかりと千珠の手を握り、舜海はそう応えた。
「そうか……良かった」
千珠はそう呟くと、舜海の胸に頬を寄せて、舜海の鼓動を確かめるように、ぎゅっとその衣にしがみつく。
そして、深い眠りに落ちていった。
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