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二十、誇り高き陰陽師

 外にいた佐々木派の陰陽師たちは、衛士達や柊らによって捕らえられ、裁きを受ける運びとなった。  しかし、この一件の首謀者である現陰陽師衆棟梁・佐々木猿之助は、まるで煙のようにその場から消え失せ、その身を捕縛することは叶わなかった。  京を騒がせた鬼の事件は、裁くべき相手を見失ったまま、あえなく幕引きとなったのであった。  ❀  圧倒的な力と、古から伝わる本物の術式、それを成し遂げる誇り高き陰陽師衆たちの姿に、舜海も思いを巡らせていた。  業平の言葉、千珠の表情、何も出来なかった自分の不甲斐なさ。  傷の治療を受けながら、舜海は一言も喋らなかった。悔しかった、己の知識のなさが。  経験の浅さが。  そして、舜海は心を決めた。    ❀  晒しでぐるぐる巻きにされた右腕を肩から吊るし、舜海は片袖を抜いた格好で、再び内裏へと訪れていた。  そして陀羅尼の巨体の直撃を受け、柱が折れ屋根のへしゃげた健礼門と、ぼろぼろに見る影もなく瓦解した承明門を見遣る。一夜明けて、被害の状況が明るい空の下、はっきりとしてきた。  内裏は酷い有り様だった。  白く美しかった砂利は、あちこちに飛散して黒く焦げてしまい、重厚な佇まいであった健礼門はまるでただの木材の山のようだし、美しかった丹塗りの承明門はこの有様。左近の桜、右近の橘を始め、綺麗に整えられていた庭木は突風によって葉枝が散り、南庭を囲むように造られていた回廊も、黒く煤け、処々屋根が飛んでいる。  紫宸殿の檜皮葺の屋根はちりちりに焦げているものの、建物自体は無事であったことが、せめてもの救いである。  結界を張ってこの状態である。それがなかったらと思うと、ぞっとする。  きっと舜海の腕のように、都一面焦土と化すところであったのだ。舜海の腕も、火傷で済んだのは幸いだった。潜在的な霊力の強さのおかげである。 「ご気分はどうかな?」  業平が、涼しげな顔で現れた。昨日あんなに壮絶な場面を演じたとは思えない程に落ち着き、さっぱりとした濃紺の狩衣姿である。それに対し、舜海は木乃伊(みいら)のように包帯に巻かれ、片袖を抜いてぼろぼろの(てい)である。 「……そんな爽やかに出てこられると、惨めな気分になるわ」  舜海は目を細めて、業平を見上げた。 「名誉の負傷ですよ。あなたは千珠さまを止めたのだ」  業平は、紫宸殿の前庭が見える位置に座る舜海の隣に腰掛けながら、そう言った。 「千珠を抑えたんは、あんたやろ」 「いや、あの魔境の風の中に手を出すとは驚きだ。千珠さまへの想いの強さが、よく分かりました。きみは仲間思いなのだな」 「別に……」  業平の言葉に、舜海は複雑な表情を浮かべてそっぽを向いた。業平はにこにこしながら、復旧作業をしている内裏を眺めている。 「ごきげんやな」 「それはそうです。鬼を魔境へ帰せたのですからね。あんな大技を使って、被害がこんなに少なくて済んだもので、私も安心しているところです」 「……すごい術や」 「そうでしょう。我々には秘伝の技がある。まだまだ、たくさんね。すごいでしょう」 「……」  舜海は、業平を見た。何と自信に満ちている横顔だと思った。この男は、自分の力に誇りを持ち、都を守護することに全てを賭けている。何の迷いもなく。 「この間の、話やけど……」 「考えてもらえましたか」 「ええ」  舜海は姿勢を正して正座し、痛む右腕を持ち上げて膝の上に拳を握った。 「よろしく、お願いしたい」  深く一礼する舜海に、業平は満足気に微笑んだ。 「お任せを。あなたに力の使い方をお教えしよう」  舜海は顔を上げ、業平に笑って見せた。  その心では、千珠のことを思いながら。

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