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二十一、目覚めた千珠

 千瑛は自分の屋敷に千珠を連れ帰り、その枕元に座っていた。その後ろには、柊が静かに控えている。  千珠の身体は傷だらけだった。肋骨は折れ、胸の深い切り傷、承明門に叩きつけられた時の手足の骨折。  そして何より、魔境の風に刺激され、千珠の体内で妖気が暴走したことによる、内腑への損傷。それが一番、千珠の身体を傷めている。  千瑛は痛ましい表情で、千珠の額を撫でた。熱い千珠の身体は、ぴくりとも動かない。  軽い足音と共に、宇月が桶に冷たい水を入れて部屋に入って来た。 「千瑛さま、そんなお苦しい顔をしないで欲しいでござんす。こちらまで気が滅入ります」  宇月の表情は明るかった。いそいそと千珠の額に冷たい布を当て、汗を拭いている。  千瑛は苦笑すると「すまぬ。こんなになるまで働かせてしまったのが、悔やまれてな」 と、言った。 「何を仰るのでござんすか。千珠さまは父上様のお役に立てて、とてもお喜びだと思うでござんす」  宇月はにこやかにそう言うと、千珠の傷の上に手を当てて、具合を調べている。 「千珠さまはお強い方です。こんな怪我、妖力が戻ればすぐに回復するでござんす。前回もそうでござんしたから」 「そう、か。宇月殿は小柄なのに、逞しいな。私もしっかりしなければな」 「こういう時ほど、落ち込んでもしょうがないでござんすから」  宇月は千瑛を励ますように、明るく微笑む。後ろに控える柊も、それを見て微笑んだ。  千瑛も表情をほぐすと、千珠の絹糸のような銀髪を梳いた。すると、長い睫毛がぴくりと動き、千珠がゆっくりと瞼を持ち上げる。 「せ、千珠!」  千瑛は涙目になりながら、千珠の顔を覗き込んだ。千珠は焦点の定まらない、ぼんやりとした瞳で何度か瞬きをすると、自分を覗き込む父の顔に目を留めた。  瞳に光が宿り、千珠はしっかりと目を開く。 「……父上」 「千珠、そなたのお陰で都も、帝も、護られたのだぞ」 「ほんとう、ですか」 「ああ、礼を言うぞ。ありがとう……千珠。私は、お前のことが本当に誇らしい」  千瑛は千珠の頭を撫でながら、力強くそう言った。千珠は、嬉しそうに微笑む。 「よう目を覚ましてくれた、こんな怪我をさせて、すまなかった」 「そんなこと……父上のお役に立てて、よかった……」  千珠は掠れた声でそう言うと、苦しそうに息を吐いた。宇月は、湯のみに白湯を入れて持ってくると、 「ほら、千瑛殿。言ったとおりでござんしょう」と笑い、千珠の枕元に座った。 「千珠さま、喉が渇いたでしょう」 「……ああ」  起き上がれない千珠は、首だけを宇月に支えられて起こし、白湯を飲んだ。 「ゆっくり飲むでござんす」  喉の乾いていた千珠は、言われる通りに白湯を飲み干した。一息つくと、どさっと枕に頭を預けて天井を見上げる。 「生き返る……」  そう呟いた千珠を見て、宇月はにっこりと微笑んだ。千瑛はそんな二人を見て、「お世話上手ですな、宇月どのは。千珠がすっかり甘えてしまって」と、笑った。 「動かず喋らないときぐらいは、お世話させていただこうかと思っているでござんす」 「……」  千珠は何も言わず、ちょっとふてくされた顔をした。柊が後ろで、ふっと笑う。 「柊、いるのか……?舜海は?」  その声を耳にした千珠は、宇月にそう尋ねる。宇月は、汗を拭いた手拭いを冷やしながら、 「舜海様はまだ御所にいるでござんす」 と、言った。 「あちらで陰陽師たちの手当を受けているのでござんすよ。ここで一緒にと、千瑛様は言ってくださったのですが……お気を使われたのでしょうね」 「そうか……」 「あの青年、お前のことを大事に思ってくれているのだね。後先考えず、あそこで手を伸ばしてお前を引き止めるとは……」 「……」  千珠は何も言わず、その時の状況を思い出そうとしていたが、どうしても記憶に靄がかかったようになって思い出せない。 「俺はまた、鬼の力に呑まれていたんですね……」 「あの風を浴びれば無理もないさ。お前が向こうに行ってしまう、とひやりとしたが、彼が引き止めてくれて本当によかった」  そんなことを聞いてしまうと、無性に舜海に会いたくなってしまう。  会って、あの曇りのない笑顔が見たいと思った。  抱きしめて、名前を呼んで欲しいと思った。

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