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序 夜這われ

 千珠は、目を覚ました。  ぼんやりとする頭を抱え、うつぶせに寝ていた身体を少し起こすと、障子の隙間から漏れ入ってくる朝の光を感じて目を細める。  ふと、隣で何かが蠢く。  千珠は驚いたのと同時に、自分が全裸で、誰かとひとつの布団に入っていることに気付いた。  ゆっくりと、布団をめくって相手の顔を改める。 「……誰だっけ……」  見たことのない裸の女が、隣で寝息を立てている。千珠は何度も瞬きをするが、その女が誰なのか思い出せない。  しばらく呆然とその女を見ていたが、女がもぞもぞと寝返りをうったため、裸の胸が顕になった。千珠は慌ててめくっていた布団を元に戻し、その肌を隠す。  混乱した頭を抱えながら、上半身を起こす。自分の身体を確認すると行為の痕跡を発見し、ため息をついた。  千珠が起き出していることにつられてか、女が目を覚まして千珠を見上げた。目が合うと、女は頬を赤らめて蒲団を鼻の上まで引っ張り上げる。 「おはようございます、千珠さま」 「……おはよう」 「昨日は……とても素敵でしたわ」 「……はぁ、それは……よかったな」  覚えのない千珠は人事のようにそう言った。  すると女は不思議そうな顔をして「まぁ、寝ぼけていらっしゃるのね」と言い、起き上がって裸のまま千珠に再び抱きついてくる。千珠はぎょっとして身体を引くが、女は強引に胸を押し付けて離れようとしない。 「千珠さま……」  女は接吻を求めて千珠に顔を近寄せてくるが、千珠は冷や汗をたらたらと流して後ずさると、女の口を手で塞いだ。 「ちょっと待て、お前は……誰だ」  この奇異なる状況に耐えかねて、千珠は思わずそう言っていた。女はきょとんとしていたが、徐々に額に血管を浮き上がらせ始めると、口を塞ぐ千珠の手を引き剥がし、顔を真赤にして怒り始めた。 「な……何をおっしゃってるんです!仕立屋の成子でございます!信じられない、誰かも分からずわたくしを抱くなんて……!」  千珠は困惑した表情のまま、怒っている成子とやらを見上げるしかない。  ……昨日は修行の後疲れ果て、そのまま部屋に戻って寝入っていたはず……、何でこの女がいるんだろう。  千珠が額に手を当てて昨日の晩の行動を振り返っていると、成子は無視をされたのだと勘違いし、更に怒りを激しくして立ち上がった。  仕立屋らしい、素晴らしく素早い動きで着物をささっと身につけると、乱れた髪はそのままに千珠を振り返り、一言言い放った。 「最低!」  ぱしっと激しい音を立てて障子を開けると、その女は肩をいからせながら去っていった。  取り残された千珠は、呆然として開け放しの障子から外を眺める。  季節は冬。如月の頃。舜海が都へと修業に発ってから、季節はくるりと一巡り。  千珠は十七になった。  外に見える小さな庭の(つくばい)にはうっすらと霜が降り、曇天の低い空は今にも雪を降らせそうな気配を見せている。 「寒い……」  千珠は自分が裸であることに気づき、右手で左腕をさする。寝起きからぐったりと疲れた千珠は、身体を起こして衣を探した。  そこに、宇月が現れた。 「おはようございます千珠さま。今日の……しご……と」  素っ裸で蒲団から這い出し、四つ這いになって、障子の前に落ちている衣を取ろうとしていた千珠と、宇月の目が合う。  そして、宇月の顔がだんだんと茹で上がったような赤に染まっていく。 「……おはよう」 と、千珠は表情を変えずにそう言った。 「いやぁああああ!!」    耳をつんざく宇月の叫び声が、早朝の三津國城にこだました。  

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