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六、残り香
日が落ちてからから安芸へと発つ算段となったため、千珠は少しばかり空いた時間、ふらりと自室へと戻ってきた。
新しい忍装束を箪笥から取り出しながら、ふと目が押入の方を向く。
――少しだけ、少しだけだ。
そう自分に言いかせながら押入れから取り出したのは、使い込まれた葛籠 である。蓋を開くと、その中には舜海が置いていった衣や我楽多などが無造作に押し込められている。
二年も城を明けるということで、舜海の部屋は今は別の用途のために使われており、舜海の荷物は私物の少ない千珠の所へ押し付けられているのだ。
千珠はそっと、舜海がよく平服として身に着けていた黒い衣を手に取った。掌で布の表面を撫でると、舜海の温もりを思い出せそうな気がして、心が落ち着く。
――千珠……
持ち上げて頬を寄せれば、舜海の囁きが聞こえてきそうな気がした。千珠はぎゅっと黒衣を抱きしめて顔を押しあて、その匂いを吸い込んだ。
――千珠……、そばに来い。
――俺が、抱いててやるから。
満月の夜、妖力を失い人の姿となる心許なさを、いつも舜海は抱きとめていてくれた。抱きしめて、頭を撫でて、大丈夫だと、そばにいるからと言ってくれた。その時のことを思い出すだけで、否応なく身体の奥が切なく疼く。
「舜……」
口づけをして、暖かな舌を絡ませて、吐息を混じらわせた日のことを、想う。
「あ……ん……っ」
ゆるゆると、指先が自分の根に触れる。舜海にされたことを、一つ一つ思い出しているうち、千珠のそれは硬くなり、身体にほとんど隙間を作らない忍装束の下で、苦しげに勃ちあがっている。
しゅる、と帯を解き、下履きの中に手を差し込むと、既に少しばかり湿り気を帯びたものが、物欲しそうに存在を訴えている。
「ん……」
――千珠……俺を見ろ。
肌を撫でる、舜海の熱い手。太腿や、腰、腹、全身を慈しむように、ゆったりと這う舜海の掌。口づけを交わしながら、徐々に熱くなる互いの呼吸。そして、昂ぶってくる身体の中心。
「舜……っ」
これを口に咥えられ、手で扱かれ、何度となく昇天させられた。触れることもなく、後孔に受け入れた舜海の根で、何度となく絶頂へと導かれた。
――千珠……お前の中、めっちゃ気持ちええ。なぁ、お前は?お前は……気持ちいいか?教えてくれ、千珠。
「あ、いい……、すごく……っ。たまらない……」
――ええ顔やな、千珠。そんな顔されたら、もっとお前を苛めたくなる。
「ん、ん……いいよ、もっと、もっと、欲しいから……」
――可愛いやつ。見てみろ、いやらしく動いてる。こんなに細いのに、お前の腰、俺のこと欲しがって、めちゃめちゃに動いて。
――そんなに美味いか、俺は。
「あっ、あっ……!いや、見るな……!」
――嘘つけ。見られながらやるのが好きなくせに。
――見ててやるから、出して。ほら、千珠、早う見せてくれ……。
「うっ、あっ……!舜、舜……っ」
掌に放たれた自らの白濁したのものを見下ろして、千珠は肩で息をしていた。
舜海の黒衣を抱き締めて、匂いを嗅ぎながら自慰に耽る。
今では頻度は減ったものの、以前は毎晩のように泣きながらこんなことを繰り返していたものだ。
――……情けない。馬鹿みたいだ、俺……。
精を吐き出して冷静になった後、決まって激しい羞恥心と後悔に見舞われた。涙を流しながら自分を慰めて、舜海を恋しがる……こんな女々しいことをしている自分が、許せなくなる。
しかし、一人になるとつい、この葛籠に手が伸びる。
そこに舜海の体温を感じようと、虚しい努力をしている。恥ずかしい、いやらしい、こんな姿を見られたら、一体何と言われるだろう。
――意外と喜んだりするんだろうな、あいつ。変態だから……。
そんなに俺が恋しいのか、可愛いやつめ。よしよし、今夜は思う存分、可愛がってやろう――などと言い、にやにやしながら一晩中、しつこく身体中を舐め回すに決まってる。
そして焦らして焦らして、千珠が我を無くして死ぬほど恥ずかしい言葉を口にする様を、また殊更にやにやしながら楽しむのだろう。
その後は、ただ声を上げて喘ぐしか無くなるほどの、激しくて熱くて、硬く猛ったものを千珠に与えるのだ。
そして、快楽と共に流れ込んで来る力強い霊力に、更に酔わされる。
――もっともっと恥ずかしいことを叫ばされて、もうやめてと訴えてもしつこく俺のことを引っ掻き回して、何度でも中に注いで。
……あんなことをされて喜んでる俺も、充分変態なのかもしれない……。
思い出すだけで、ずきんと身体が熱くなり、根が疼く。そこだけじゃない、自分の指が届かないもっともっと深いところが、触れて欲しいとじんじん蠢く。
「……くそ」
――こんな身体にしやがって、あの野郎。戻ってきたら、ただじゃおかない。
いや、ただじゃ済まないのは俺の方かもしれない。
抱かれたい。気が狂うほど、激しく。
会いたい。あの強い目に、見つめられたい。
名前を呼んで、抱き締めて、いつものように笑顔をくれ。
「舜海……」
千珠はもう一度舜海の衣に頬を擦り寄せ、目を閉じて息を深く吸う。そんなことをしすぎて、衣からは既に舜海の匂いは消えかけているのだが、慣れたこの肌触りだけは、まだそこにある。
「……馬鹿野郎」
――誰が馬鹿やねん、阿呆。泣き虫め。
そんなことを言い返してくる舜海を想像すると、少し笑えてきた。
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