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四、再会の予感

 帝からの書状を見て、陰陽師衆棟梁・藤原業平はため息をついている。 「……青葉の国の白き鬼に助力を願え、か。ま、厳島で恩を売ったし、これくらいええかな……」  業平はひとりごとを呟き、書状を丁寧にたたんで懐に入れる。 「よかったな、舜海。千珠さまに会えますよ」    舜海が背後に立つと同時に、業平は庭を眺めたままそう言った。 「厳島……。やっぱりあれは千珠のためやったんですね。何でその時に言ってくれなかったんです」 「知っていれば、君は術に集中できなかったろう?」 「……え?いやそんなこと、なかったと思うけど……」  舜海は口ごもる。  どうだろうか。初めから知らされていたら、何を置いてでも千珠の元に駆け付けたいと思ったかもしれない。  不意に業平が振り返って微笑みを見せ、舜海のつま先から頭のてっぺんまでしげしげと視線を巡らせる。 「初めてここに来た頃と比べると、随分と芯が出来た。成長したね、舜海」 「え、ほんまっすか?」 「もっと手こずるかと思っていたが、今では正式に陰陽寮に身を置いて欲しいと思うくらいだ。頼りになる上、君は明るいから皆を和ませることもできるし」 「う、何ですか?べた褒めやないですか気色悪い。何すか?また面倒な仕事を俺に押し付けようって腹ですか?」  明らかに疑いの目をしている舜海を見て、業平は苦笑した。 「いやまぁ、これは君に対する総評みたいなものだ。君は水を得た魚のように、どんどん強くなった。術の覚えも早かったし、無駄に強かった霊力の扱い方も(こな)れてきたしな」 「はぁ……ありがとうございます」  普段の業平は、人を素直に褒めるなんていうことは殆どしない。そのため、こうして飴を与えられた後に、皆の嫌がる仕事を充てがわれるといった鞭を与えられるのが常であるため、つい警戒してしまう。  しかし今日の業平は、珍しく二つ腹なく舜海を褒めたようだ。にこにこしながら遠い目をして、白く霞む空を見上げた。 「……約束の二年を過ぎてしまった。私は彼に怒られてしまいますな」  舜海はぽりぽりと頬を掻く。 「こんな微妙な時期に、帰ろうにも帰れへんでしょ。この件が片付いたら、さっさと帰らしてもらいますよ」 「分かっているさ。しかしまぁ。なんだかんだと、我々と千珠さまは縁がある」 「そうですね」  舜海は、ぼんやりと想いを馳せた。  西国の海で行った強大な術と、波間から生まれたあの巨大な龍。  それを倒した千珠の噂と、船影から見えた銀色の光。  顔が見たい。あんな遠くからではなく、もっとそばで……そう強く思ったあの日。あんなにも距離を歯がゆく思ったことはなかった。  ――二年ぶりに千珠に会う。  一体、どんな顔で、どう声を掛ける?  もう俺のことなんか必要としないくらい、あいつはもっと強くなっているのだろうか。  俺だって強くなった。身に付けられるものは、全て身につけてきた。今度こそ、あいつを本当に守れるくらいに……。   様々な思いが頭をめぐり、舜海は少し緊張している自分に気付く。 「……何で俺が緊張しなあかんねん、阿呆らし」    その呟きを耳に挟んだ業平がにやりと笑い、舜海は赤面してそっぽを向いた。

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