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十二、陰陽寮・土御門邸
千珠は、陰陽師たちの詰める陰陽寮・土御門邸へと運ばれた。
土御門邸は、帝のおわす御所の、西側の町並みの中にある。ぐるりと広大な敷地を取り囲む築地塀の中に、いくつもの家屋が立ち並び、それぞれが渡り廊下で繋がっているという造りだ。雅やかに整えられた庭もあれば、砂利が敷いてあるだけのただっ広い鍛錬場も備わっている。
ほとんどの陰陽師衆はここで生活しており、日夜鍛練に励んでいるのだ。
そんな土御門邸の南角にある離れに、千珠は寝かされている。
千珠の手当ては業平に任せ、舜海は東本願寺での出来事について報告しているところであった。
「……千珠さまの身体の怪我は、耳朶を引き千切った傷くらいですね」
「耳飾り、どうしたんやろう」
「状況から見て、敵をそれで攻撃したんだろう。それで相手の気が弱まって、我々は彼らを退けられた」
「なるほど。……何で、千珠はまだ目を覚まさないんです?」
「よっぽど、恐ろしい幻影を見せられたのかもしれない」
「幻影……」
「本人に聞きましょう。相手方の出方を知るためにも」
業平は爽やかに微笑むと、もはや誰のものかも分からぬ血に濡れた手を、桶に張った水で洗う。
千珠の袴の裾は、血と泥にまみれていた。東本願寺の地面が、大量の血で濡れていたせいだ。
「お前が着替えさせてあげなさい。あと、精神 が弱っているから、気を高めてあげるといい」
「え?」
意味ありげにそんなことを言う業平を見上げると、業平はにこりと笑った。
「久しぶりの再会なのでしょう?ゆっくりするといい。人払いをしておくから」
「いや、俺は……」
「今はそれが千珠さまのためになる。いいね」
「……」
業平はそう言うと、静かに離れを出て行った。
千珠と二人で残された舜海は、横たわっている千珠を見つめる。
二年という月日で、千珠はその美しさに更に磨きがかかったように思われた。
ふっくらと幼さを残していた頬はすっきりとして、いかにも涼し気な細面になった。閉じられた目元からもどことなく丸みが薄れ、大人びた風貌に見える。
しかし、ぽってりとした厚みのある紅い唇は、昔と何も変わらない。思わず吸い付きたくなるような可憐さだ。
あの柔らかな唇の感触を思い出してしまえば、こんな時だというのに否応無しにどきどきしてしまう。
舜海は自らを戒めるべく、頭を振った。
「いやいや、あかんあかん。……まずは着替えさせてやらんと……」
次は血と泥に汚れた衣服を脱がそうと、舜海は千珠の身体に触れた。上半身を抱き起こして衣の袖を抜こうとすると、否応なく長い首と華奢な肩が露わになり、白く滑らかな肌から目が離せなくなる。
「……あ、あかんあかん!!何考えてんねん、俺!」
「……うるさいな」
大声で自分に言い聞かせていたせいか、千珠が目を覚ましたらしい。掠れた声にぎょっとして顔を覗き込むと、千珠は薄く目を開いて舜海を見た。
しっかりと結び合う二人の眼差し。千珠ははたと目を見開く。
「舜海……」
「おう、久しぶり……」
千珠は、舜海が自分の服を脱がそうとしている状況に目を瞬き、途端に胡散臭いものを見るような目つきになった。
「久しぶりに会っていきなりこれかよ」
「ちゃうちゃう!その血まみれの服、着替えさせてやろうとしてたとこや!」
舜海は手をぶんぶんと振って、慌てふためいている。その焦った顔を見て、千珠は吹き出した。
「え」
「あはははは、馬鹿だな。何焦ってんだ」
そんな台詞に拍子抜けさせられるが、千珠の笑顔を見ると、ついついつられて笑えてきてしまう。文字通り花が咲くように明るく笑う千珠の表情から、再会を喜んでいる様子がひしひしと伝わってきて、嬉しくてたまらなかった。
そうして二人は、しばらく笑い合っていた。
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