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二十八、萌芽

 藤之助は、戻って来ない佐為の身を案じていた。  影龍は猿之助にこっぴどく叱責されて、げっそりして見えるほど沈み込んでいる。何を焦っていたのかは分からないが、影龍はいつも藤之助を目の敵にして、ことあるごとに猿之助の歓心を得ようと動き回っていたものだから、今回も何かの策が裏目に出たのだろう。  そんな影龍も、今は何をするの気力も残っていないように見える。藤之助は人知れずため息をついた。  ――これから、共に都を護っていた土御門衆を、猿之助のために殺しにゆく。  あそこで皆と共に過ごした年月とは、一体何だったのだろうか。  そう考えずには、いられない。  夜顔はじっと部屋の隅に縮こまって座り込んでいる。色のない黒い瞳は、薄暗い部屋の闇よりも、さらに暗い。 「夜顔、そんな暗い所にいないで出ておいで」  穏やかに声をかけるも、夜顔は膝を抱えたまま微動だにしない。しかし、藤之助は夜顔に語りかけ続けた。 「佐為が帰ってこない……心配だな、夜顔」  夜顔は尚も動かない。  藤之助は夜顔の隣に座り込み、格子のはまった小さな明り取りの窓を見上げた。夜明けが近いのか、そこから見える空は薄ぼんやりと白んでいて、部屋の中に淡い光の筋を創りだす。 「ごめんな、結局お前に人を殺させてしまったな。そのためにここへ来たといはいえ、こんな小さなお前にな……」  藤之助は申し訳なさそうな表情を浮かべて、夜顔の頭を撫でた。夜顔は佐為の仕立て直した黒装束を身に付けて、ちんまりと藤之助の隣に寄り添っている。  ふと、夜顔が自分を見上げていることに気づく。 「ん?どうした」 「……いい」 「え?」 「ここに、いる」 「……ここにいてくれるのか?」  夜顔は頷いた。 「ぼく、ころす。ここにいる」  藤之助の目から、つと、涙が溢れ出す。  ――この子は、人殺しの道具として扱われていることを知っても、自らここにいると言っている……。 「ころす、みんな。だから、とうのすけ、といる」 「え……」  初めて夜顔が自分の名を呼んだことに驚いて、藤之助は目を丸くする。  虚ろだった夜顔の瞳がしっかりと焦点を結び、自分を見つめていることにはっとさせられた。 「夜顔、お前……」 「とうのすけ、と、いる」  藤之助は思わず夜顔を抱きしめていた。堪えようとしても、涙は後から後から藤之助の目から流れ落ちる。 「夜顔……。すまん……すまん……!」  しっかりと自分を抱き締める藤之助の涙声に、夜顔の大きな瞳からも涙が流れた。  夜顔は、初めて涙が熱いということを知った。  そして、自分を大切にしてくれる大人がいるということを、知った。  夜顔に、人としての心が生まれた瞬間だった。

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