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二十七、我儘

 離れに戻り、舜海が行灯や火鉢に火を入れている間、千珠は障子を開けて、庭をぼんやりと見つめていた。 「どうしたん?」  舜海に声をかけられる、千珠は我に返った。気遣わしげな舜海の顔が、そこにある。 「なんかさ、いろんなことが起こりすぎて、疲れた」 「そうやなぁ。まぁ取り敢えず、冷えるからもう閉めてくれ。火のそばに来いよ」 「うん……」  千珠は四つ這いで火鉢の側にやってくると、手をかざして暖を取った。浮かない顔である。 「あの佐為という男とは、明日話ができるんやから。今夜はゆっくり休んでくださいよ」 と、柊。  忍装束の頭巾をきゅっと縛る音をさせて、柊が立ち上がった。 「さて、ほな俺はちょっとばかり市中を見廻って来るかな」 「また行くのか?」 と、千珠。 「こんなことしか出来ひんからね、霊的な力を持たへん俺は」  柊は微笑んで、忍刀を背中に差す。そしてちろりと舜海を見遣り、「一刻(二時間)ほどで戻るからな。ええな、一刻やで、一刻」と何やら念を押すものだから、舜海は唇を尖らせる。 「分かった分かった!心配せんでも何もせぇへんて!」 「……」  千珠は無言で赤面した。  柊が行ってしまうと、舜海と二人きりの、静かな部屋となった。何となく二人とも口を開かず、各々考え事をしながら火鉢を見下ろしているような時間が、しばらく流れた。 「……舜海」 「ん?」  何となく、離れているのが寂しくて、千珠は四つん這いで舜海のそばまで這っていく。  黙ったまま、あぐらをかいた舜海の膝元までやって来ると、そこに頭を乗せてころりと横になった。 「何甘えてんねん。猫か」 「五月蝿い」  からりと笑う舜海の手が頭を撫で、髪を梳く。暖かくて、心地がいい。 「あの男……佐為のこと」 「あぁ……なんや不気味なやつやったな」 「さっき言われたよな。呆れるって」 「え?ああ、さっきのね」  人とっての敵である夜顔に、千珠が情を向けすぎているということを、呆れ果てているような、憐れんでいるような佐為の目つきが蘇る。 「俺だって、言ってから呆れたよ。夜顔と俺は同族でもないのに、どうしても情を移してしまう」 「……そうやな。しかし、あんな境遇を聞いてしもたら、誰でもあの子は憐れやなと思うやろ」 「でもお前は、またかって思ってる。迷い癖が治ってないって俺に呆れてるんだろ」 「そんなことないで。それがお前のええところでもあるわけやし」  「うそだ」  千珠は起き上がって、舜海と顔を突き合わせる。  髪を結い上げていると、舜海のきりりとした目がよくよく見える。その目に見つめられることが何だか気恥ずかしく、目を逸らしたくなるのを何とか堪えて、千珠は舜海を探るように軽く睨んだ。 「大方業平殿に、俺が余計な動きをせぬように見張れとでも言われてんだろ」  「うっ」 「ほら見ろ。何だよお前、業平殿の言うことは随分素直に聞くんだな。陰陽師衆に鞍替えでもするつもりか」  「阿呆か、そんなわけないやろ。またお前が敵の手中にほいほい釣られて行かへんかって、気に掛けてるだけや」  ついさっき、あっさり藤之助の情報という餌に釣られたばかりの千珠は、仏頂面でふくれっ面をした。 「あの狐男が間者やったからええようなもんを。いくらお前が強くても、陰陽師衆はややこしい術つこてくんねんで?あんまり油断すんな」 「……分かってるよ」 「ほんまに、周りの見えへんやつや」 「ぶっ」  不意に引き寄せられ、抱き締められる。暑い胸板に鼻から突っ込むような格好になり、千珠は呻いた。 「心配させんな、阿呆」 「……む」    顔を上げれば、珍しく怒ったような舜海の瞳があった。どくん、と不意打ちのような眼差しに胸がときめく。  目は口ほどに物を言うとはよく言ったもので、舜海の目には、いつもその感情が滲み出る。特に、千珠を抱く時など、溢れんばかりの情念を見て取れるほどに。  くっきりとした黒い眉を多少顰めて見下ろしてくる目つきが、何だか妙に色気のあるものに見えてしまい、千珠は照れて目を逸らした。 「……ごめん」 「お?素直に謝って、どうしたんや。気色悪い」 「は、はぁ?気色悪いだと!?」 「どうせまた文句言い返して来るやろと思ってたから」 「ふん。俺だって自分の非を認めることくらいできる」 「大人になったな、千珠」 「黙れ」 「いや、ほんまに。妖気も霊気も落ち着いて、揺らがへんくなってる」 「……修行したんだ。当然だろ」  もう一度強く抱きしめられ、千珠は口をつぐんだ。  聞き慣れた力強い拍動に耳を寄せて、千珠は次の言葉を待つ。 「……あぁ、せやな。約束したもんな。お互い、強うなろうって」 「だから、頑張ったんだ」 「そっか。そうやんな。ようやったな、千珠」 「……なんだよ」  舜海の寂し気な口調に戸惑い、千珠はその腕の中で顔を上げようとした。しかしすぐに頭を胸の中に押さえ込まれてしまい、舜海の顔が見えない。 「もう、俺のことも必要なくなるか」 「え?」 「こんなことも、せぇへんくても良くなるか?」 「あ」  抱き寄せられたまま、そっと尻を撫でられて声が漏れる。 「……そんなこと、ない」 「そうか?」 「お前は?もうこんな関係、おしまいにしたいのか?俺を宥めるなんて面倒な役割から離れて、自由になりたいって思ってるのか?」 「千珠……」 「二年間と言わずこのままずっと、都にいたかったか?お前は信頼されているようだし、お前を好いている女もいるし」 「そんなことあるわけないやろ」  多少苛立ったような様子の舜海に、肩を掴まれる。じっと覗きこまれるひたむきな目つきが、千珠の胸を切なくした。 「何を言い出すんや」 「だって、お前を何だか遠く感じるんだ。今はちゃんと、ここにいるのに」 「何でやねん」 「分からないよ……!」 「千珠!」  やや乱暴に唇を塞がれて、千珠は息を止めた。背中にある舜海の手も、力強い霊気も昔のままなのに、何故か今はそれが上の空のようなものに感じる。  二人になるとそれを余計に強く感じる。手繰り寄せたいのに、迷いに溺れる今の自分には出来ぬような感じがして、悲しくなる。 「千珠。俺を信じろ」 「そんな綺麗事、聞きたくない」 「じゃあどうすれば、分かんねん!?」 「ん、っ……!」  床に押し付けられ、再び荒々しい口付けが降り注ぐ。無理やりに口の中をかき乱され、気遣いもなく手首を剛力で握り締められているのに、千珠の身体は喜んで熱くなる。 「や、あっ……」 「この二年、俺がどんな想いで修行しとったか分からへんのか。お前以上に、大事なものなんてないねん。お前がどんな道を選んでも、俺から離れていこうとも、俺はお前が何より大事なんやぞ」 「え……」  真摯な眼差しと共に与えられた、言葉。  千珠は目を瞠り、舜海を見上げる。 「それが分からへんのか、千珠」 「は……」  しゅるりと、衣擦れの音。帯が解かれ、肌寒い空気に素肌が触れる。  顔が熱い。  心臓がばくばくと破裂しそうに、暴れ回っている。  舜海の顔も、ほんのりと赤く染まっている。どこか罰が悪そうに、目を細めて。 「お前が笑っててくれるなら、俺は何だってする」 「舜……」 「だからもう、そんな顔するな」  額に、瞼に、頬に、優しく触れる舜海の唇。千珠はうるりと潤んだ瞳を揺らして、舜海を見上げる。 「舜……舜」 「ん?」 「ほんとうに?」 「あぁ、ほんまにや」  深く頷き、真っ直ぐに千珠を見つめて離さぬ瞳。千珠はそれにようやく少し安堵して、微笑んだ。 「……お前の唾液が、欲しいな」 「あのな、もっと情緒のある言い方、できひんのか」  舜海の苦笑に、千珠もつられて笑ってしまう。早く甘えたくて、早く甘やかしくて欲しくて、千珠は黒衣を掴み、顔を近付けて先を急かす。 「文句言うな。早く、はやく……」 「へいへい」  舜海の首に腕を巻きつけると、そのままぐいと引き起こされて、唇が重なった。舜海の腰の上に跨り、ぴったりと抱きついて接吻を繰り返すうち、もやもやしていたものが溶けてゆく。  舜海の髪を結っている紐を、千珠は爪の先でぷつんと切った。伸びた長い黒髪がはらりとばらけて、ようやく二年前の舜海の姿を再現する。それが少し、嬉しかった。 「髪、伸びたな」 「切ってへんからな」 「舜……もっと、唾液……」 「あぁ、ええよ、なんぼでも」  帯を取られ、着物の前をはだけられながら受け止める、濃厚な口付け。腰から下へと降りてゆく熱くて大きな掌に尻を引き寄せられ、すでに勃ち上がったものを下履きの上からやわやわと可愛がられて、たまらず甘ったるい声が漏れた。 「ん、やぁ……っ」 「したいか?最後まで」 「ん、んっ……する、するっ……」 「ほな、早うせんとな。柊が帰ってくるまでに」 「変なことしないって……言ってたのに……」 「これは変なことと、ちゃうやろ……なぁ、千珠」 「あ、はぁっ……!」 「ごめんな、俺、今はもう……我慢できひん」 「あっ!あ……!!」  いつになく息を弾ませ、熱に浮かされたような表情をしている舜海は、ぞくぞくするほど妖艶な目つきをしている。  もどかしげに着物を開き、千珠のものを手で扱きながら音を立ててその舌をしゃぶり、熱い吐息を漏らす。気付けば千珠も、腰を揺らしてその先を夢中でせがんでいた。 「あ、も……いきそ……っ」 「まだあかんで。俺のこれで、いくとこが見たいねん」 「や、ん……っ、んっ……!」 「痛いか?我慢できるか?」 「うん……する」 「ええ子や、千珠」  先走りと唾液で濡れた指が、やや強引に後孔をこじ開ける。痛みはあるが、その中にすら甘くちらつく快感を見つけてしまえば、身体はもっともっととそれを欲しがって、腰を浮かせて長い指を咥え込む。 「はぁっ……はぁっ……そこ、だめ、も、いきそ……っ」 「千珠、我慢せぇ」 「や、ん……っ舜……、はやく」 「堪え性のないやつやな、千珠」 「はやくっ……挿れて……いきたい、はやく……っ」 「全く、お前は」  まだ硬さの残る身体に押し入ってくるものの逞しさに、頭の天辺から爪先まで、痺れるような快感が与えられる。挿れられただけで達してしまった身体を抱き寄せられ、身勝手に荒々しく穿たれながら、千珠は高い声を上げ続けた。  舜海の速い呼吸、打ち付けられる腰、獰猛な目つき。どれもこれも、千珠を昂ぶらせて止まらなくさせる。 「あんっ、んっ、ん……!!」 「千珠……たまらへんな、お前は」 「や、また……いく、いく……っ」 「かわいいやつ、こんなになって」 「あ、ぁん!ん……!」    俺は、お前のもの……。  身も心も、俺のもの。  舜海の全てを、縛り付けていたい。  手放したくない。  俺のことだけ、見ていて欲しい。  我儘なのは、分かっている。  その我儘を許すお前に、甘えて甘えて、俺はお前を支配するんだ。

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