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終話 白い花

   国境(くにざかい)から三津国城を見つけた舜海が、嬉しそうに声を上げた。 「おお!城や!ひっさしぶりやのぅ!」 「やっと着いた……」  柊は疲れた声でそう言うと、肩をぐるぐると回してやれやれと息を吐いている。 「柊、お前そんなに疲れやすかったか?もう歳なんじゃないか?」 と、そんな柊を千珠がからかう。 「なっ、そんなことはありません。そもそも、千珠さまが俺に小言を言われるようなことばかりするから、俺の苦労が増えて説教に割く時間が増えるわけで、」 「ああもう、五月蝿い」  千珠はぷいとそっぽを向くと、さっさと先に城の方角へと走り始めてしまった。 「あっ、ほらまた!そうやって集団行動をせずに!!」 「お前、この二年で苦労したんやな……。老けるわけや」  舜海が気の毒そうにそう言うと、柊はむっとしたような顔で舜海を振り返り、「やかましいな!老けてへんわ!」と怒鳴った。 「こういう喧騒が、懐かしいでござんすなぁ」  宇月は呑気にそんな事を言い、無言で山吹も頷く。  千珠は愛馬の朝霧に乗って、心地良い春の風の中を駆けた。  馴染んだ居場所が近づくにつれ、心が軽くなり、気持ちが緩むのを感じる。  千珠はふと、夜顔を想った。  ――夜顔。  お前にもいつか、故郷と呼べる場所が出来るのかな。  時間はかかっても、素直に笑える日が来るのだろうか。  また、会うことがあるのかな。会いたいな。  大きくなった、お前と……。  千珠は微笑みを浮かべながら、徐々に徐々に大きくなる三津國城を見上げて走った。  桜の花びらがひとひら、千珠の頬をかすめてゆく。   ❀ ❀ ❀  夜の風が暖かくなってきたある日のこと。  二人は小さな砂利を踏みながら、川の畔を手をつないで歩いていた。  そよそよと、心地良い川の流れの音が耳をくすぐる。りんりんという虫の声と、風が草を薙ぐ優しい音が、二人を優しく包み込む。  夜顔は、自分と手をつなぐ大柄な男を見上げた。  その視線に気づくと、藤之助はにっこりと笑顔を見せる。  微笑まれると嬉しくて、夜顔はぎこちなく同じ表情を作ろうとした。でもそれは、まだうまくいかなかった。  ふと藤之助の手が、夜顔の頭の上に置かれた。 「お、ほらご覧、これが夜顔だよ」  不意に脚を止めた藤之助の声のする方に目を向けると、そこには夜闇に咲く白い花が見えた。 「よる、がお……?」 「そう、これが夜顔という花だ。お前の名前と一緒だ」 「いっしょ?」 「ああ、一緒だ。お前によく似ているだろう」  夜顔は、その美しい花をじっと見つめた。鼻を寄せて、匂いを嗅ぐ。 「いい、におい……」 「そうだろう」  藤之助は微笑んだ。 「いっしょ」 「うん、そうだね」 「とうのすけと、よるがお……ずっと、いっしょ」  藤之助は、夜顔の言葉に一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにくしゃくしゃと破顔した。 「ああ、ずうっと一緒だよ。夜顔」  夜顔が笑う。  藤之助の笑顔を真似るように、顔を綻ばせて。  ――うれしい、うれしい。  二人は再び手をつないで、夜の道を歩く。  新しい家族。  これからは、穏やかに生きていく。  いつまでもいつまでも、一緒に。  異聞白鬼譚【六】ー陰陽師衆動乱ー ・ 終

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