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四十八、帰路

 次の朝は、見事な快晴だった。春の訪れを感じる暖かい日差しが溢れ、堅く閉じていた桜の蕾も、ちらほらと薄桃色の花びらを覗かせ始めている。  身支度を整えた千珠ら一行は、土御門邸の正門の前に並び立ち、すっかり元の姿を取り戻した屋敷を見上げていた。 「本当に、ありがとうございました」  業平を始めとした陰陽師衆の面々が、ずらりと並んで一行を見送る。皆の顔には、晴れやかな笑顔があった。 「こちらこそ、本当に世話になりました」  一行の中心で、舜海が礼儀正しく一礼をした。 「思った通り、君は強くなった。私も満足だ」 と、業平は爽やかに微笑む。 「城主様をしっかり支えて、国を守ってくださいね」  業平の隣で、風春がそう言った。舜海は顔を上げると、快活に笑顔を返す。 「おう、任しといてくれ」 「千珠も、元気でね」  佐為がずずいと歩み寄って、ぎゅっと千珠の手を握る。毎度のことだがあまりに距離が近いので一瞬身を引きかけたが、佐為の打ち捨てられた子犬の如き寂しげな顔を見てしまうと逆らえない。  千珠はぎゅうぎゅうと抱きついてくる佐為の抱擁を受け止めながら、笑った。 「佐為もな。ありがとう、色々と」 「いいや。君のためなら、いつでも手を貸すから」  佐為は糸目になって、にっこりと笑った。そして、次は宇月の前に移動すると、ぶんぶんと握手を交わす。 「千珠のお世話、よろしくね」 「分かっているでござんす」 「お世話って言うな。というか何でお前によろしくされなきゃいけないんだ」  千珠が佐為の言葉にそう言い返すと、皆が楽しげに笑った。 「では、我々はこれにて。失礼致します」  柊が年長者らしく、丁寧にそう言って頭を下げた。各々が一礼し、土御門邸から去ってゆく。 「皆、また生きて逢いましょうぞ……」  五人の背中を見送りながら、業平はそう呟いた。  その声に気付いた佐為は業平を見上げ、そして頷く。 「ええ、また、必ず」  ❀    結局詠子は、舜海たちの見送りには行かなかった。  屋敷の中で、ただひたすらに地味な仕事をこなしていたのだ。姿を見てしまえば、きっとまた心が揺れるのは分かっていたし、千珠の姿を見るのも何となく嫌だった。  単なる嫉妬なのだと、分かっている。  でも、遠い国に帰ってしまう以上、自分はどうすることもできない。あの二人の絆の中に、割って入れようはずもない。詠子は涙をこらえて、ぐっと唇を噛む。 「詠子、ここにいたのか」  業平がのっそりと現れて、微笑む。詠子は鼻をすすると、「はい」と応えた。 「帰っていったよ。寂しくなるね」 「別に、せいせいしますよ」  詠子は強がった。そんな分かりやすい娘の反応に、業平は苦笑する。 「お前は母さんに似て、強がりやなぁ」 「父上に似ればよかったですね」 「そんな強がりな女を好む、私のような男もいるよ」 「大きなお世話でございます!」 「……すまん」  扱いの難しい年頃の娘に、業平は困惑して眉を下げる。詠子はそんな情けない表情の父親を見て、吹き出した。 「父上、そんな顔」 「え?可笑しいかい?」 「ええ、いつもはもっと凛々しくていらっしゃるのに」 「これでもお前の父親だ。娘の幸せを願えばこんな顔になることもある」 「……そうですか」  詠子はぱたん、と書きつけていた書物を閉じた。 「でも、私は大丈夫ですよ。あんな田舎者。もっといい男は、都にはたくさんおりますもの」 「そうかそうか!それもそうだな、さてさっそくその話なんだが……」  業平は嬉しそうに風春との縁談について話し始めたのだが、詠子の耳に父の声は届いていなかった。  あんな男女に、負けていられない。  自分は自分らしく、もっと強く、しなやかな女になりたい。  そして幸せになって、あいつらを見返してやる。  詠子はそんな決意を、胸の中で固めていた。

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