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十四、能登検分

 一方、能登の国。  佐為と風春は、業平に要請した応援を待っていた。  海岸線一帯の瘴気は濃く、只人が近寄ればすぐに意識を失ってしまうほどの毒だ。  しかし、雷燕の姿はどこにも見えず、気配も感じることができないため、佐為はかなり苛立っている様子だ。感知能力に長けた佐為であるが、ここではどういうわけかそれが全く働かないのである。  風春は焦る佐為を、根気強く宥め続けている。 「落ち着けよ、佐為。瘴気が濃すぎるんだ。明日の朝は、もう少し離れて検分しよう」 「はい……。でも、これじゃあ応援を寄越してもらっても、うまく働くかどうか……」 「大丈夫、まだ皆が来るまでには日もかかる。私達でやれることはやっておこう。とりあえず、落ち着くんだ」 「はい……」  佐為と風春は、海岸線を見渡せる高台に立っていた。佐為は編笠を外すと、強い潮風に短い髪をばさばさとなびかせた。  紙のように白い肌は、曇天の下ではさらに白く青く見える。やや吊り上がった目に、いつになく不安げな色があるのを見つけた風春は、穏やかな口調で言う。 「佐為、今日は屯所に戻ろう。お前、ここのところ具合が良くなさそうだ」 「……そんなことないですよ」 「いいから。私も、何だか疲れたよ」 「……分かりました」  佐為はくるりと踵を返し、先に立って歩き出した。足早に進んでいく佐為の後ろ姿を見ながら、風春は湿った風に顔をしかめる。  この土地柄のせいなのか、ここのとこずっと曇っている天気のせいなのか。  佐為が苛立つのも分かる。ここではどうも、うまく感覚が働かない。いつも感じの鋭い佐為だけに、それが余計に歯がゆいのだろう。  二人が連れ立って帰路についていると、ふと、何やら騒がしい声が聞こえてくる。  佐為たちがねぐらにしているのは、人里から少し離れた場所にある古い屋敷である。人が住まなくなったところを陰陽師衆の屯所として借り受けているのだ。  そんな場所に、誰が。  二人は顔を見合わせて、警戒しながら屋敷の方へと進んだ。  ――明らかな妖の匂いが二つ。  風春は懐から呪符を取り出して手に構えると、そっと裏手に広がる森のほうを窺った。 「……おや?」  懐かしい気配。これは……。

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