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十六、千珠を追って

 青葉と山城の国境を過ぎた舜海ら一行は、野営をして夜を過ごしていた。  ぱちぱちと爆ぜる焚き火の炎を見ながら、舜海はずっと千珠のことを考えていた。  つい数時間前は自分の腕の中にいた千珠が、気配も感じることのできない遠い地にいる。  ——あの時、油断せずにあいつを見ていたら……。  舜海は眉をぎゅっと寄せて、拳を握りしめる。  そんな様子を斜向かいで見ていた朝飛は、淡々とした口調で尋ねた。 「どうしはったんです? どこか、痛むんですか」 「……いや。考え事や」 「舜海も考え事なんかするんやな」 「どういう意味や。ぶん殴るぞ」 「まぁまぁ、そんな意地悪言わんといてくださいよ」  朝飛も幼い頃から忍衆に身を置き、山吹や舜海、柊とも幼い頃からの付き合いであった。思ったことをそのまま口にしてしまうところがあり、遠慮のない物言いをする。そのためよく周りとは小競り合いを生む忍だ。  しかし、基本的には正義感の強い男である。  茂みの奥から見廻りに出ていた柊と山吹が戻ると、見張りを交代するために、朝飛はがさがさと音を立てて樹の枝の上に飛び上がった。 「朝飛とは久しぶりやけど、あいつ全然変わってへんな」  舜海は、鼻を鳴らしてそう言った。 「そうそう変わるもんちゃうやろ、あいつの性格は。山吹が平気なんが不思議や。ほんまは無理してへんか?」 と、柊。 「今のは悪口ですか? 言うならもっとこそこそ言ってもらえません? 傷つくんで」 と、樹上から朝飛の声が降ってくる。 「……私は気にしたことはありません」  柊の気遣いに、山吹は淡々とそう答えた。いつも無表情な山吹は、今も黙々と雑用をこなしている。 「ほんまか? 嫌なことや辛いことがあったら言っていいねんで? 竜胆なんかはすぐぐちぐち言いにきよるけどな」 「……朝飛は一番、付き合いが長いですから」 「そうなんや。へぇ、お前は懐の深い女やな」 と、舜海は感心したようにそう言った。 「……」  山吹がやや頬を染める様子に、柊は苦笑する。 「しかし、一人やと千珠さまはやはり足が速いな。いつも我々に合わせろと言われ続けて、煩わしかったろうに」  柊が、炎を見ながらそう言った。千珠の話題になると、舜海は少し表情を動かす。 「そうかもな。戦の時なんか……あいつの瞬足は目にも止まらへんかった。ほんまは苛々してたんかなぁ」 「……いえ、あの」  ふと、山吹が何か言いかけた。  しかし待てど暮らせど山吹が続きを口にせぬものだから、舜海は焦れたように焚き火をいじりはじめる。 「おい、何が言いたい」  更なる沈黙に耐えかねた舜海がたまりかねてそう尋ねると、山吹は口布を下ろして、話し始めた。 「……千珠さまは、いつも私たちを気遣うようなことばをかけて下さっていました」 「え、そうなんか?」 「……我々のことを、煩わしいと思っているようには、とても見えませんでした」 「そうか……」  千珠がぎこちなくそんなことを言っている様子を思い浮かべて、舜海は少し微笑む。 「あいつ、山吹には優しくしよって。俺らには偉そうなくせにな」 「確かに。まぁ、山吹は女だてらに千珠さまと同行すること多いから、あの方なりに感謝しているんやろう」 「……そのようです。だから……」 「ん?」  舜海は山吹の顔を覗き込む。 「……何だか……私達が来るのを待っているような気がして、なりません」 と、山吹は言った。  舜海の目が揺れるのを見て山吹は目をそらし、口布を上げた。そして黙って立ち上がると、素早く朝飛の居る樹上へと消えてしまった。  柊はそんな山吹の気遣いを、少し切ない思いで見ていた。  ――こんな鈍い男に惚れて、可哀想な山吹。しかも舜海の気持ちは今、ひたすらに千珠さまに向かっているというのに。  思いつめた表情で焚火を見つめる舜海から目線を外し、柊は木々の間に見える星空を見上げた。

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