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二十、絆は
目の前に、舜海が立っていた。
険しい表情を浮かべ、燃えるような眼で千珠を見下ろしている。
そしてやおら千珠の襟をぐいと乱暴に掴み上げると、思い切りその頬を殴りつけた。骨と骨がぶつかる鈍い音が響き、千珠の身体が吹っ飛ばされる。
周りで見ていた者達の、息を呑む音が聞こえる。
舜海は倒れ込んでいる千珠につかつかと歩み寄り、その姿を見下ろすと、吐き捨てるように言った。
「……この、馬鹿が!」
「……」
千珠は舜海を睨み返すと、ぺっと口から血を吐き出して拳で口元を拭った。口の中が切れたのだ。
舜海はもう一度千珠の襟首を掴み上げ顔を近づけると、怒りのこもった目で千珠を睨みつける。
「……お前、何で一人でここに来た」
「……関係無いだろ」
「関係ないわけ無いやろ!!この大馬鹿野郎!!」
「……なっ」
舜海の剣幕に、千珠は言葉が出なかった。本気で怒っている舜海の顔を見たのは、初めてだ。舜海の眼光鋭い大きな目は、ぎらぎらと怒りに揺れている。
「お前の命は、お前だけのもんちゃうんや!勝手なことするな!!」
「……何だよ、それ。俺の命は俺のものだろ。どうしようが俺の勝手だ」
「おい、お前が死ねば殿も死ぬってこと、忘れてんちゃうやろうな!」
「……忘れてなんか」
「ほな、何であんなふうに国を出たんや!危険やって分かってたやろ!?」
千珠はぐっと奥歯を噛み締めて、舜海を睨むと、舜海に負けじと大声で言った。
「一人になりたかったんだ。もう……放っといてくれよ!!俺は……俺は……どうやったって、鬼なんだ!お前らとは違う!!」
「そんなこと気にしてんのはお前だけや!この四年、お前は青葉で何を見てきた!?」
舜海は両手でぐいと千珠の襟を引き寄せて、つらそうな表情を見せた。そんな舜海の表情に、千珠は言い放ってしまった言葉を後悔する。
舜海はぎゅっと唇を結んだあと、千珠の身体を揺さぶりながら怒鳴りつけた。
「それで全部捨ててきたつもりか!?あぁ!?絆ってのはなぁ、そう簡単に断ち切れるもんとちゃうやろ!!」
千珠ははっとした。
その言葉とともに、舜海の気持ちが痛いほどに千珠の心に流れ込んでくる。
憎しみこもった妖気に呑まれかけ、忘れていていた人達の顔が蘇る。
どの顔も皆、千珠に向かって笑顔を向ける、優しい表情。
千珠の目から、また涙が溢れ出した。
「……そんなことも分からへんのか。この阿呆が」
舜海はそう言いながら、千珠の身体を力強く抱きしめた。
懐かしい匂い、懐かしい体温、力強く自分をたぐり寄せる、舜海の腕の力。
千珠は、舜海の背に手を回して、ぎゅっとその衣を握りしめた。涙が溢れて、止まらなかった。
「……ごめん」
舜海の腕が、さらに自分を強く抱きしめる。舜海の肩口を涙で濡らしながら、千珠は目を閉じた。
「……ごめん……」
「……馬鹿野郎」
泣きながら謝る千珠の頭を、舜海は大きな掌で優しく包み込む。
その温もりに安堵感をもらいながら、千珠は涙を流し続けた。
いつだって、俺に道を示してくれるのは舜海だった。いつもいつも……俺は迷ってばかり。惑わされてばかり……。
情けない。
いつもいつも、俺は守られてばかりで。こいつらと出会った時から、泣いてばかりいる。
俺は大馬鹿だ。
もっと強くならなきゃ駄目だ。
もっと……もっと……。
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