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二十六、新たな絆

 千珠は息を吐いてから、もう一度ごろりと床に横になった。  舜海の激しい愛撫が、身体のあちこちにまだ熱を持っている。  ――あの涙、何だったんだろう……。  千珠はぼんやりと、その時の表情を思い出そうとしていた。やや眉を寄せ、ひたむきな視線をくれながら全身を揺さぶる舜海の表情を。   「紅玉……いるんだろ」  ふと、暗闇の中に千珠は呼びかけた。ついさっきから、かすかに紅玉の香の匂いを感じていたのだ。  ふわり、と寝転がった千珠の上に、紅玉が姿を表す。じっと千珠の顔を見下ろして、紅玉はにやりと笑った。 「気づいていたのにやめなかったのかい?趣味の悪い男だね」 「……一回始まると止められないんだよ」 「本当に男に抱かれているとはね。あたしを退ける嘘だと思っていたよ」 「嘘じゃなかったろ?……あいつとは長い」 「お前の気を、こんなにも高める相手か……。悔しいが勝ち目はなさそうだね」  紅玉は長い指先で、千珠の白い胸元を撫でる。  舜海の指先には反応するというのに、紅玉の指先には何も感じない。 「それでも、俺を婿にと言うのか?」 「ふん、半妖などに興味は失せた。それに、人間どもとこれ以上関わるのもごめんだ」    紅玉はじっと千珠を見下ろすと、くんくんと千珠の匂いをかぐ。 「人間臭いね……。しかし、お前の持っているその雷燕の息子の気……それは強くて美味そうだ」 「これは……」  千珠は耳飾りに手を触れた。夜顔から預かった妖気。そこにあるのは、千珠の気を迷わせた、雷燕の憎しみの妖気だ。 「それで手を打ってやるよ」 「え?」 「その気はあたしがもらうよ。それを手土産に、あんたの前から消えてやろう」 「それで、いいのか?」  紅玉は千珠の上から離れ、上がり框に脚を組んで座った。そして、ふうと煙を暗闇に吐き出す。 「しかしまぁ、雷燕とあんたの戦いは見届けたい。雷燕は古い馴染でもあるからね。どういう結果になるにせよ、最後まで見物させてもらうよ」 「ああ……分かった」 「でも、まぁ……あたしもね、昔の美しい雷燕にもう一度会いたいとは、思うんだよ」  千珠は、遠い目をしている紅玉の横顔を見た。つんと上向きの長い睫毛が、物思いに耽るように伏せられる。 「雷燕が大人しく人間どもに封印されるとは思わないけど……もしもそうなったなら」  紅玉は煙管を唇に挟み、すうっと深く煙を吸う。 「数千年など、あたしらから見ればそう長い時間でもない。目覚めたあいつが寂しくならないよう、あたしが代わりにこの地を守っていこうかね」 「本当か……!?」 「本当さね。人間と違って妖は嘘をつかないからね」 「ありがとう……ありがとう、紅玉!」  紅玉はちらりと千珠の笑顔を見遣ると、ぽっと頬を染めて顔を背けた。 「ふん!あんたに礼を言われる義理はないよ!」 「……ははは、そうだな。うん、そうだよな」  千珠は笑って、紅玉の照れた横顔を見つめた。  ……ありがとう。紅玉。  絆を捨てようと能登へ来たのに、この地でまた新たな絆を得ることになろうとは。    雷燕、お前を想う絆が、ここにある。  気付いてくれないか。  憎しみだけが、感情の全てではないことを。

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