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七、旅路
夜顔は笑顔を浮かべながら、水国の一歩先を歩いていた。
編笠を被り、濃紺の着物に灰色の袴を身につけた夜顔は、身なりの良い商家の子息のように見える。旅支度は結城家が整えてくれたのだ。結城治三郎の娘、都子は、予てから夜顔をいたく可愛がっていたため、せっかく遠方に行くのならば、きちんと支度をしていくべきだと言い張ったのである。
腰に帯びているのは、藤之助の刀だ。振るう機会はなくとも、丸腰で発たせるわけには行かぬと藤之助から持たされたものだ。
水国は馬に乗り、疲れる様子もない夜顔を後ろから見守っていた。
藤之助から聞いた、夜顔の過去。
今目の前を楽しげに歩いているこの子からは、想像もつかない壮絶な過去だ。
「先生、あとどれくらいかなぁ」
「ん?まだまだじゃ」
「ふうん〜」
そんなやり取りを何度も繰り返しながら、何事も無く旅は続いた。
+
紀伊道で一泊することにした二人は、小さな宿で一夜を過ごすこととした。
明日には、青葉に着く。その前に、夜顔には言い聞かせておかねばならないことがあった。
「夜、座れ」
「なぁに?」
夜顔は二人分の布団を準備しながら振り返り、すでに正座している水国の前にきちんと座った。
「夜顔、明日は青葉に着くぞ」
「本当!?うわぁ、楽しみだな」
思わず顔を綻ばせる夜顔を見て、水国も若干表情を緩める。しかし、咳払いをすると、
「いくつか、約束してほしい」と、きりりとした声音で夜顔を真っ直ぐに見つめた。
「はい」
水国の態度に、何か物々しいものを感じたのか、夜顔も姿勢を正す。
「わしは、お前を青葉の城まで連れて行こう。そこで、殿様にお目通りをさせて戴くつもりじゃ。そして、千珠さまに会いたいと、お伝え申す」
「はい」
「お前たちが会えたなら、わしはそのまま都へ行く。そして、御札をもらってから青葉にお前を迎えに戻ってくる。いいな」
「はい」
「その間、お前は青葉で数日を過ごすじゃろう。その間、お前は結城夜顔と名を名乗るのだ」
「ゆうき?でもそれ、治三郎さまのお名前だよ」
「苗字はあったほうが都合がいい。結城夜顔だ、ええな」
「はい」
「それから、お前の力は使わぬこと。お前は強い、だからこそ、誰かに剣を向けてはいけない、いいか?」
「はい」
「あまりご迷惑をかけぬようにな。その子どもっぽい振る舞いも、少し改めねばならんが……」
「うーん……。分かってるよ。さくみたいに話せばいいんでしょ?」
夜顔は咲太を思い浮かべながらそう言った。水国は頷く。
「まぁ、そうだな。あやつは幼い頃から結城家に奉公しておるから、礼儀はちゃんとしておったな」
「わかった、やってみる」
「やってみる?ではなく」
「やってみます」
夜顔はやや表情を引き締めて、こっくりと頷く。
水国はしばらく、礼の仕方や口の聞き方などを夜顔に仕込みながら、当面のことに思いを馳せた。
――何も起こらなければいいが……。藤之助に約束したのだ。わしがしかとこの子を連れ帰らねばならぬ。
徐々にさまになってきた夜顔の礼儀作法を見守りながら、水国はそんなことを考えていた。
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