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To be with you -中編-

 夜のリビングは、異様なほど静まり返っていた。  テーブルを挟んで、並んだ石田と秀明に、石田母が向かい合う。  萎縮しきっている二人の前で、石田母が低く切り出した。 「二人で住めるとこって、どんなところに引っ越すつもりやの」  問いに、一度石田と顔を見合わせて、秀明が答えを返す。 「…家賃は十二万以内で、2LDKは欲しいと思ってます。僕らの生活時間帯が全然違うので、それぞれの部屋が必要だと思ってます」 「今ここなんぼや」 「月七万五千」  横から石田が答えた。 「ほーか、じゃあ折半したら安なるメリットはあるわけや。…にしてもここ、1LDKやんな。向こうの部屋で一緒に、くっついて寝とんかいな」  先ほどの、「うちの大事な息子を寄越せ」云々の発言で、石田母が自分たちの関係を知っているのであろうことはわかっていたが、あからさまな言い方をされると秀明も返答に困ってしまう。 「…はい、その…。僕がソファで寝たりもすることはあるんですが…」 「若い男二人、好きの一緒に暮らしたいの、理解はできひんなぁ」 「おかん」  そっぽ向くように頬杖をついた母に、石田が厳しい声を上げた。 「俺が男好きやって、高校時代にバレたとき、おかん認めてくれたやん。なんで今さらそんな言い方すんねん、夜の仕事やけど秀明は疚しいこともしてへんし真面目に働いとんのやで」  秀明の何が気に入らないのかと、庇う石田の声がきつく尖る。それに当てられて、呆れたように母はてのひらを振る。 「べつに誰も仕事の話なんかしてへん。認めへんとも言うてない。理解はできひんけど認める気持ちはあんねんから、あとは親心やねん。ええからあんたは黙っとき」  口を挟む隙も与えずに石田を黙らせると、石田母は秀明に向き直った。 「…佐野さん」 「は、はい」 「淳は自分の性癖をうちらに打ち明けてくれてから長いけど、今までいっぺんも相手を紹介しようとしたことはありませんでした。いろんな人とつき合うて、泣かされたこともようけあったみたいやけど、名前を教えてくれたこともいっぺんも」 「…ちょぉ待てぇ、おかん! なんで泣かされたとか知ってんねん、俺言うてへんやん。お前、絶対俺の日記読んだやろ!」  黙れと言われていた石田が声を荒げるのに、石田母が目を据わらせる。 「母親に向かってお前てなんやの。あんた、そんなもん親が子どもの日記読むなんか当たり前やろ」 「当たり前ちゃうわーッ!」 「…てゆーか淳、日記なんかつけてたんだ……ゴメンナサイ」  勢い立ち上がった石田が、思わず素朴に感想を述べた秀明を睨みつけた。 「もう、ええから座んなさい。ほんまに落ち着きのない子やねぇ」 「誰のせいじゃ! …っんまありえへん」  座り直す石田のぼやきはあっさりと無視して、石田母は再び秀明に視線を向けた。 「でや。さっきも言うたように、淳がちゃんと恋人の存在を教えてくれたんは、あんたが初めてやっちゅうことです」 「はい」 「つまり淳にとってあんたの存在はよっぽどなんやろうと思うわけですが」  言葉を切って、不意に石田母は、注意を引くようにテーブルを軽く叩いた。 「ここで親心や。あんたはちゃんと、これからも淳のことを好いてくれるんやろか」  問う声に、秀明は静かに石田母を見据えた。 「…おかん、」 「男が好きや言うんを、怒鳴ったり殴ったりしてやめさせるわけにもいかん。せやからそこは認めるしかしゃーないけど、誰と生きることになったとしても、親としては子どもが不幸になんのは見てられへん」 「おかん、やめてや過保護、恥ずかしいやん」 「恥ずかしいことあるかいな、大事なことや」 「もう、秀明、まともに取り合わんでええで」  制止しようとして秀明の肩に手を置いた石田が、真面目な表情で考え込む秀明の様子に気づいて動きを止めた。 「…秀明?」  頼りない呼びかけが、不安げに揺れる。それをフォローしてやることもできず、秀明は石田母に向けて頭を下げるように、顔を俯けた。 「……僕は、正直、淳を幸せにしてやれる自信はないです」  肩にかかった石田の指に、微かに力がこもる。そして向かいに座る石田母は、まさか自分の息子の恋人がこの場面でそんなことを言い出すとは思いもよらず、虚勢を張ってでも幸せにしてみせると言うものだとばかり思い込んでいたがために、想定しない台詞に愕然と目を瞠った。 「申し訳ないです」  改めて、秀明は深々と頭を下げる。それに我に返った石田母は、眉を顰めてテーブルを叩いた。 「そういうことやったら同棲を認めるわけにはいかん」 「…おかん」 「その程度の気持ちでおるんやったら、淳の傷を深めんうちに、早いとここの子の前から消えてやってください」 「おかん、待って」  秀明の肩から指を外した石田は、もう一方の手でその指を強く握った。 「…ええねん、俺はそれでも。秀明に幸せにしてもらわんでも、俺は秀明の傍におれたら幸せになれる。秀明が好きやから、一緒におりたいねん」  必死に訴えながらも、聞かされた言葉の衝撃は石田自身にとっても強く、不安に言葉は心もとなく細る。それを見抜いてか、息子の盲目的な愚かさを諌めるように、母も語調を強くする。 「あかん、相手がこんな考えしてんねやったら絶対いつかあんたが泣く。そんなん認められへん」 「…お母さん、」 「あんたにお母さん呼ばれたない!」 「それでも僕は淳と一緒にいたいんです!!」  最後には大声を張り合うように、声量で勝った秀明の言葉の後には静寂が落ちた。 「――僕らの友人に一組、ゲイカップルがいます」  突然何を話し出すのかと、静かに語り始めた秀明を、隣の石田は不安げに見つめた。 「彼らはきちんと手順を踏んで、両方の家族を納得させて、一方の家と養子縁組をしました。普通、男同士のつき合いは何の保証もなくて不安定で、むしろ困難ばかりが多いものだと思います。でも彼らの関係は今は法的にも守られて、それが一番の幸せの形であるように僕には思えて、正直、憧れます」  亜弓と中村の養子縁組を、すごいとかよく思い切ったとか、賞賛はしていたけれどその関係に秀明が憧れを抱いているとは知らず、自分たちもそうした確かな繋がりを持とうとは提案してこなかった自分を、石田は悔いた。 「なに、周りに影響されて自分らも養子縁組したい言うの?」  顔をしかめた石田母の問いに、秀明は自嘲気味な笑みを浮かべて小さく首を振った。 「…いいえ。したくても、それはできません。淳はこうして僕を家族にも紹介してくれたけど、僕の家庭環境は…ちょっと複雑で。だから僕は淳を家族には紹介できないし、周りの全員から祝福してもらえるような環境を、整えてやることもできません。そういう意味で、僕は淳を幸せにはできないかもしれないし、世間からも法的にも認められない関係である以上、苦労をかけてしまうことはあると思います」  幼い頃の、父親からの性的虐待。それが原因での両親の離婚。高校時代から売りをやっていた秀明。そんな息子と接点を持ちたがらず、何年も連絡すら取らないまま別に家庭を築いた母親。そして成長した秀明を息子と気づかずに買ったかつての父親。  確かに秀明の家庭環境はこれ以上ないほど複雑で、石田もその話について触れたことはなかった。 「でも、僕も淳と、これからもずっと一緒にいたいと思っています。もちろん幸せにするための努力はします。裏切るような真似は絶対にしないと誓います」  それまでの馬鹿正直な自信のなさを埋め合わせるように、秀明は言い募った。 「だから、淳と一緒に暮らすことを認めてください」  再度頭を下げた秀明を、石田母は無言で見つめる。その頭を下げたままの秀明の膝に、そっと石田はてのひらを乗せた。 「…俺ら、幸せにする側される側の一方的な関係じゃないやろ。いつだって、対等やん。俺かてお前を幸せにせなあかんし、お前がしんどいときは俺ががんばらなあかんねん。せやからな、いっつもお前、一人で平気なふりして抱え込まんでええんやで」  背を抱いた石田の肩に、秀明が無意識に、縋るように頭を寄せる。  弱さをさらし、支え合うような二人の姿に、ようやく石田母の口元が綻んだ。

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