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VACATION 第1話
「すげ…」
停まった車のリアシートから降り立った秀明と石田は、思わず声を揃えて呟いた。
「じゃあ僕、裏に車回してくるから」
「はい」
唖然と立ち竦む二人の背後で、中村は愛車のBMWの助手席から亜弓を降ろし、ガレージへ向かった。
今や中村夫人として各界のお偉方の前に出ることも少なくない亜弓は、中村から預かった鍵を手に、目の前のコテージ風の建物に入っていく。その、個人の別荘とは思えないような大きな建物へ物怖じもせずに向かう亜弓に、秀明が嘆息した。
「…亜弓も中村家に染まっちゃったってことかねー。もうこんな程度のデカさの別荘じゃ驚かない?」
問われた亜弓が肩を竦める。
「十分驚いてるよ。ちなみに向こう三軒、全部中村さんちの持ち物だって」
そう言って亜弓が指をさすその先は、全ての建物が広大な敷地を持っており、一番奥の建物はもはや肉眼では確認できなかった。
「げっ、マジかよ! どんだけ金持ってんの、中村家……」
げんなりと眉を寄せる秀明に、亜弓は苦笑する。
「まぁそのお陰で、こんなところにタダで避暑に来られてるんだから。文句言うな」
「はぁい」
あらためて建物を上から下まで見渡して、秀明は手荷物と買い出した食料を玄関に運び始めた。
酷暑の夏。中村と亜弓は、休暇を合わせて蓼科の別荘へ避暑旅行をする計画を立てていた。
中村は夫婦水入らずのバケーションを楽しむつもりだったのだが、別荘の規模を知った亜弓が、もし休みが合うなら秀明と石田も誘ってはどうかと提案した。
まさか実際に四人の休暇を合わせられるとは思わなかったし、万が一合ったとしても自分たちに遠慮して参加してはこないだろうと踏んでいたのだが、中村の期待を見事に裏切って、亜弓は薬局の出勤スケジュールを調整し、秀明・石田カップルも喜び勇んで参加してきた。
そんなこんなで四人での旅行が決定し、中村の運転で蓼科までやってきたのだ。
「うおーっ、ゴージャス! 何やねんコレ、もはやホテルやん!」
玄関に入った石田が、悲鳴めいた声をあげる。確かにその内装には亜弓も驚いた。
大理石の敷かれた玄関の先には、ホテルのロビーと見まごうばかりの応接セットが設えられていて、その上は吹き抜けになっていてファンが回っており、そこを挟んで両脇には、左右それぞれの個室へ向かう螺旋階段がある。外見よりずっと広い感じがする。
三人が玄関で立ち尽くしていると、車を置いてきた中村が戻ってきた。
「あ。じゃあとりあえず部屋に荷物入れようか」
そう言って、秀明に鍵の束を渡す。
「佐野くんたちは右の階段上がったところでいいかな。階段上がったら、三部屋あるから好きに使って。各部屋にトイレとシャワールームはついてる。キッチンとリビングは一階で、庭の方に露天風呂もついてるから」
「露天!?」
目を輝かせたのは亜弓と石田だった。
「あれ。亜弓にも言ってなかったっけ?」
「聞いてませんよ! やった、露天風呂~」
「俺も絶対入るー。こんなとこで露天入れるなんて思わへんかったー」
石田ははしゃいで、荷物を持ってさっさと階段を上がっていく。
「ちょっと待って淳、鍵」
「あ、佐野くん」
その石田を呆れ半分に追おうとした秀明の肩を中村が呼び止め、耳元に口を寄せた。
「夜に必要そうなものはベッドサイドのチェストに全部入ってるはずだから。ご自由にどうぞ」
「……」
囁きを瞬時に理解して、秀明は無言で、中村と固い握手を交わした。
「何話してたんですか?」
きょとんと問う亜弓の手元から荷物を取り上げ、何でもないよ、と笑みを浮かべて中村は左の階段を上がっていった。
到着してからみんなでリビングでお茶を飲んで少し落ち着くと、秀明と石田は近くを散策に行くと言って出かけていった。丘になっている裏の庭を下っていくと雑木林になっており、その辺り一帯も中村家の私有地らしい。
若者二人がいなくなった二人きりの部屋で、中村は倒れるようにベッドに横たわった。
「はー…疲れたぁ」
仰向けになって目を閉じる中村に、窓を開けながら亜弓は笑んだ。
「ここまで一人で運転してきましたもんね」
「だって三人とも見事なペーパードライバーなんだもん。せっかくの休暇で事故なんかやっても笑えないじゃない?」
「お疲れ様です」
不意にカーテンを揺らし、ゆるく風が室内に吹き込む。それに前髪を浮かせながら、亜弓は目を細める。
「涼しいですね…同じ日本の夏とは思えないくらい」
その亜弓の穏やかな表情に笑みを誘われて、中村は頭の下で手を組んだ。
「喜んでもらえてよかった。一度連れて来てあげたかったんだ」
「あ、秀明」
唐突に声をあげて、亜弓が窓の下を覗き込む。芝の庭で転げ回る石田と秀明の声を風が運び、中村は疲れたように笑った。
「あの二人元気だよねぇ。車の中からずっとはしゃぎっぱなしで」
「はは。若いんですよきっと」
ふと、目を閉じた中村の頭が沈む。目を開けると、頭上に座った亜弓が少し気恥ずかしそうに自分の膝を両手で軽く叩いた。
それに笑みを返し、よじよじとうわずって、中村は甘えるように亜弓の膝に頭を乗せた。
「…本当は亜弓と二人だけで来たかったよ」
「すみません…それはわかってたんですけど」
「いいけどね、大勢でいた方がやっぱり楽しいし」
腰に手を回してくる中村に、少し困ったように亜弓は前髪を引っ張った。
「…初めて、だったじゃないですか」
「何が?」
「二人で旅行するの」
「うん」
だから何、という視線をよこす中村に、ますます困ったように亜弓は目元を隠した。
「……恥ずかしかったの、二人きりで来るのが?」
問うと、亜弓が小さく頷く。
そんな姿を見ると、また亜弓への愛しさが募って、中村は半身を起こし、そっと亜弓に口づけた。
「新婚旅行。どこ行こうか?」
赤くなって俯いてしまった亜弓を、中村は抱きしめた。
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