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VACATION 第5話
亜弓と石田が風呂を上がってリビングに戻ると、テーブルに突っ伏した秀明の前で、中村が困惑混じりの笑みを上げた。
「お帰り」
「あれ、秀明つぶれちゃったんですか?」
「え、マジで? おい秀明?」
石田が秀明の背を揺らすと、秀明は一度開いた目をしばたかせ、甘えるように石田の腰に抱きついた。
「コラ、甘えんなおい…。もー、一臣が飲ませたんやろ」
「そんなに飲ませてないよ。それに佐野くん、けっこうお酒強い方だと思ってたし。寝不足続きだったとか、疲れてたとかじゃない?」
「そーやったんかなぁ…。ほら、秀明。部屋あがろか」
「んー…」
言葉は通じるようで、秀明は自力でも立ち上がろうとするが、石田が片側から支えてもどうにも腰が立っていない。
「僕手伝おうか?」
「あ、じゃ俺が手伝いますから、中村さんはお風呂入ってきてください」
「階段とか大丈夫?」
「二人いればなんとか」
両側から抱えられた秀明は、半ば引きずられるように部屋へと上がっていった。
「おい。大丈夫か? 水いる?」
部屋へ運ばれ、ベッドに横たわって深々と息をついた秀明に、グラスを持った石田が少々呆れ顔で尋ねた。
「ん、いらない」
答えた秀明は、掛け具から目だけを覗かせて上目で石田を見つめている。亜弓は早々にリビングへ降りていったから、部屋には二人きりだ。
「どないしてん?」
やけに幼い仕種で石田の気を引こうとする秀明の隣に、石田は腰掛け、秀明の前髪をかきあげるようにして額に触れた。すると秀明は、喉をなでられた猫のように目を細める。
「しよ」
口元を掛け具に隠したままねだる声に、石田は苦笑した。
「しよて、お前、人んちやぞ」
「だって中村さん、いいって言ったもん。物はそこの引出しに全部用意してあるから自由に使ってって言ったもん」
「……お前ら何を話してんの」
呆れつつ石田が示されたチェストの引出しを開けると、そこには避妊具とローションと、さらには玩具からアイマスクから布紐まで、一体何をしろと、と問いたくなるような用具一式が揃えられていた。
「あいつも何考えてんねん!」
まさかそういうプレーを亜弓に強いているわけではあるまいな、と俄かに怒りを覚えて叫んだ石田の激昂もまるで無視で、秀明は石田の服の裾を引く。
「ねぇ…」
鼻にかかったような甘い声を、さすがに石田も聞かなかったことにはできない。
「――お前が酔うてんの、俺初めて見るけど」
なぜならそれは、秀明が酔っているときにはたいがい石田の方がさらに酔っているからだ。
「なんやえらい、可愛いやん」
その仕種をいとおしく思いながらも、石田はひどく憮然とした表情で秀明の上の掛け具を取り払って覆い被さった。
「…なんか、あっちゃん怒ってる?」
「おう、怒ってんで」
怯えたように肩を竦める秀明の言葉をあっさり肯定して、石田は秀明のシャツのボタンに手を掛けながら乱暴にくちびるを塞いだ。
「ん…や、ど…して?」
蕩けた瞳で見上げてくるのが無性に腹立たしくて、石田は秀明の着衣を手早く解くと、自分の寝間着は一切脱がないまま愛撫を開始した。
「もうええから黙っとけ、むかつくわ」
「待っ…あっちゃん、俺何かした?」
「自覚ないあたりが余計むかつく。お前二度と人前で酒飲むな」
「なんで……あっ、あ…」
乱暴に胸の粒を噛むと、妖艶に身を撓らせる秀明の媚態が否応なく目につく。それを押さえ込んで、ひくつく喉元に石田は噛み跡を残した。
秀明をこんな風にできるのも、こんな秀明を見られるのも、今は石田だけではあるけれど、過去に遡ってそれを独占することは叶わない。
自分以外にも、彼に抱かれた者がいる。彼を抱いた者がいる。きっと彼の強さや弱さや、優しさに気づいた者がいる。彼の過去を共に過ごした者がいる。
わかっているし、当然だとも思うし、その過去があるからこそ今彼と一緒にいられる自分が在るとも思う。けれど新しい秀明を発見するたび、それを既に知る者の存在を思い、何か出遅れたような、負けたような苦さが脳裏をよぎる。
「あ……も、いっちゃう…」
「あかん」
後ろへ含ませた指の刺激だけで達しそうになった秀明の逸りを、押しとどめるように遮って反り立ったペニスの根元を握り込む。放出したいのにできない熱のやり場に惑って、枕に縋った秀明が涙を零した。
「なんで…? もーやだ、いや、いやぁ…」
泣き喚く姿を見て逆に興奮してしまうのは、どうしようもない男の性だなぁ…などと思いながら、石田はうつ伏せになった秀明の背を押さえ、自分のズボンを下げた。
「挿れるぞ」
ぶっきらぼうな、けれど熱を帯びた石田の囁きが耳にかかって、秀明は一瞬身を硬くする。
「やっ、やだ!」
「何がいややねん、お前がしよう言うたんやろ」
「もうやだ、やめっ…ああっ…!」
尻に当たった固い感触から逃れようとずり上がった秀明の腕を引き止めて、石田は一気に前進した。とたん、拒絶のようなきつい締め付けに遭って、秀明が本気で嫌がっているのではないかとふと不安になる。
けれど見やった秀明の表情に苦痛はなく、奥を突くと絶頂時のような痙攣を繰り返した。それでもまだ達することを許されないまま、無意味な逃亡を図って手がベッドヘッドを掴む。
「…いやなんか?」
あらためて問えばいやとは言えないことをわかっていて、石田はひどく優しい瞳で秀明の顔を覗き込んだ。逃げ道を全て塞がれた思いで、秀明は荒い息のまましゃくりあげた。
「も…許して」
目に浮かぶ涙は、たまる余裕もなく瞼から溢れて流れ出す。遂情を許されないまま握りこまれたペニスは、鬱血して色が変わってしまっていた。
(この手の趣味は、なかったはずなんやけどな…)
やたら艶のある秀明を前にすると普段は見えない凶暴性が噴出する己の危うさに今気づいて、石田は右手の戒めを解き、秀明を背中から両腕でそっと抱きしめた。
「ごめん、ごめんな秀明」
「もう酔うほどお酒飲まないから…ごめんなさい…許して……」
「わかったから、泣かんとって。俺が悪かった」
けれど秀明はいつまでも顔を上げることができず、謝罪を連ねて泣き続けていた。
無理を強いたことで秀明がここまで取り乱すとは思ってもみなくて、自分の行為が秀明の何かしらの傷を抉ったのではないかと、石田の方がダメージを受ける。
「ごめんな……」
慰めるように秀明の体を抱きさすりながら、石田は彼の篭った熱を解放した。
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