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翌朝の不幸な事故

 部屋のドアが静かに開け閉めされる気配に、亜弓はふと眠りからさめた。  中村と住んでいるマンションの寝室ではない――ここはどこだったっけ、と寝返りをうって、視界の端に見えたクリスマスツリーに、そういえば中村の実家に泊まったのだったと思い出した。 「亜弓? 起きた?」  先ほどドアが開いた方を見ると、まだコートを羽織ったままの中村がベッドの方へ歩み寄ってきた。 「あ…一臣さん。お帰りなさい」 「ただいま。僕の部屋で寝てるって聞いたからてっきり一階の方で寝てるのかと思ったら、なんでこっちで寝てるの。子ども用のベッドなんて狭いでしょ」  少し呆れたように、亜弓が体を丸めて納まっているベッドの脇に、中村は腰掛けた。 「ツリー飾って、なんかずっと見てたくてここで寝ちゃったんです…」  横たわったままぼんやりと中村を見上げる亜弓は、まだどこか夢見心地の様子だった。その頬に触れてキスをすると、中村の指先の冷たさに今ようやく目がさめたかのように亜弓が目を見開いた。 「え…帰って……? 今何時ですか!?」 「うん? もうすぐ九時半かな」 「わ、俺何時まで寝て…」 「いいじゃない、ゆっくり寝てれば。今日は仕事ないんでしょ」 「お父さんとお母さんは?」 「親父は朝普通に出勤したんじゃない? 母さんはさっき、僕と入れ替わりでお隣さんとクリスマスバーゲンに出かけたよ」  言いながら中村は、コートとセーターを脱ぎ、ベルトを外し、靴下も脱いで亜弓の寝ているベッドへもぐりこんで行く。 「うー、あったかい。でも狭い。疲れた、眠いよー」  ひんやりとした外気を纏った体に追い立てられて奥へ詰めながら、もぞもぞと抱きついてくる中村に亜弓は笑った。 「夜勤お疲れ様です」 「もー、まったくだよ。ほんとクリスマスに夜勤なんかするもんじゃないよね。パーティー帰りの飲酒運転事故が一件あってさぁ…もう大わらわ」 「うわ、大変だったんですね」 「そー。だから、慰めて亜弓」  何がだからなのか、言うなり中村は亜弓にのしかかってくる。慌ててその下からの脱出を試みるが、狭いベッドの壁側にいる亜弓に逃げ場はなかった。 「ちょっ、待って、疲れてるなら早く休んだ方がよくないですかっ?」 「うん、終わったらちょっと寝る」  そう言って何が何でもやりたいらしい中村と、ここ二週間ほど年末の忙しさにかまけて肌を合わせていなかったことを、亜弓は思い出した。 「ん…や、待っ…」  拒むようなことを言いながらも、深まる口づけに亜弓もすぐに息を上げる。接触に飢えていたのはお互い様だった。  まだ冷たい指が亜弓のパジャマのボタンを外し、露になった白い肩に軽く歯を立てる。その痛みには至らない微妙な感覚に、亜弓が声を堪えて背を震わせる。十分に昂ぶってはいても逸らない中村の愛撫は、丁寧で正確だった。  首筋や胸に口づけながらパジャマを剥ぎ取り、緩やかに反り始めているものを手のひらに収めて濃やかに触れると、声を殺して亜弓がきゅっと眉を寄せる。その様の艶っぽさに、つい中村のイタズラ心が頭をもたげた。 「母さん、出かけるときにけっこうよく忘れ物するんだよね…」 「え…?」  この状況に全くそぐわないことを耳元に囁かれ、亜弓は中村の声と身の内の快感とのどちらにも集中しきれずに困惑の声を上げた。 「今日も何か忘れて、気づいて途中で帰ってくるかも」 「ん…あ、あ」 「あんまり大きな声出したら、聞こえちゃうかもねぇ」 「!」  意地悪な声に、何を言われているのかを理解して瞬時に亜弓が自分の手で口を塞いだ。それを見て、したり顔で中村が笑う。実は亜弓は、必死で声を耐えているときの表情が壮絶に色っぽいのだ。亜弓の喘ぐ姿や声も負けず劣らず色っぽいし、本当は我慢など何もさせたくはないが、時々はそうして苛めてみたくもなる、それは成人男子の健全な欲求だった。  一方亜弓としては、そんなことを言われれば無防備に声など上げられるはずもなく、必死にくちびるを噛んで漏れそうになる喘ぎをかみ殺す。けれどそんな亜弓の健気な努力も甲斐はなく、亜弓の体を知り尽くし、開発した張本人である中村は、直接的な快感を与えて亜弓を追い上げていく。そうして快感にも声を殺すことにも集中できず、惑乱に半泣きになった亜弓が悶える姿が、どうしようもなく中村を煽るのだった。 「…っ、あ、ああっ」  一本だけ含まされた指に的確にポイントを刺激され、思わず飛び出た声を慌てて回収するように亜弓が口を塞ぐ。その手をわざわざ外させてベッドに縫い付けると、不用意に達することもできない亜弓が恨めしげに中村を睨みつける。 「ヤダ…一臣さん、意地悪っ…」 「どうして? 気持ち良くない?」 「いいけどっ、…もうっ、ヤダ!」  感じるけど声は出せないし、声を出したくないけど手で口は塞げないし、もうイキたいけど声を堪えられる自信はないし、でイクにイケない亜弓がとうとう癇癪を起こした。 「もーイヤ! もー一臣さんとしない! 口もきいてやんない!」  どこの子どもだ、と思うような見事な癇癪を笑うわけにもいかず、悪ふざけが過ぎたことを反省して中村は亜弓を抱きしめた。 「ああごめんごめん、ちゃんとするから。ね」  けれどそうして抱いてやれば、体温に安心したように亜弓は癇癪を収め、ウン、と素直に頷く。  セックスのときに亜弓が中村の悪戯に対してこんな風に子どもっぽく怒ることは最近よくあることで、それも亜弓が中村に気を許している証なのだと思えばわざと怒らせてみたい気もして、中村は時々こんな風に、追い詰めすぎない程度に亜弓を苛めて遊んでいた。以前なら亜弓は、中村がそうしたいなら自分は耐えるべきなのだ、と内に溜めることしかできなかったのだから、ある意味でこれは進歩だといえる。  ただし、遊ばれている亜弓としては大迷惑である。 「ほら、ちゃんと…ね」 「んん…」  遊ばれながらもきちんと解されていた部位に中村を受け入れて、亜弓は幸福な圧迫感に息をつく。 「声、出していいから。誰も帰ってこないよ」  そして深い声でそう囁かれて律動を速められれば、亜弓の中の箍もすっかり外れる。  空気鉄砲のように体内から押し出されるような絶え絶えの喘ぎと、古いベッドが軋む音が同じリズムで重なり、遂情の瞬間に向けて、もはや互いの息遣いしか耳には入らなかった。  そして高い声を上げて亜弓が達した瞬間――階下で物音がしたことに、二人が気づくべくもなく――。  情事の後、中村はそのまま寝入ってしまい、亜弓がシャワーを借りようかと一階に降りて。  リビングのテーブルの上に、『 励むのもほどほどにね☆ 』と書かれた美和子からのメッセージを見つけた亜弓が、しばらく誰の目もまともに見られないほどに落ち込んだことは、言うまでもない。 <END>

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