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「……何、見てんだよ」 隣から地を這うような限りなく低い声が聞こえた。 ビクッとし、再び隣を見ると、身を竦めた。 傍から見ても分かるぐらい、怒りが爆発し、黒い雰囲気が溢れに溢れまくっていた。 こんなにも怒っている碧衣は見たことがない。 声を失いそうになりながらも、しかし、己を奮い立たせ、窘めようとした声が震えており、「……あ、碧衣君……」とか細い声が出てしまっていた。 これじゃあ、耳すらも傾けてくれないだろう。 やはり、何も言えなくなった葵人とは打って変わって、義母はいつもののんびりとした調子で、「あら、まあ」と綺麗な手を口元に添えた。 「それは、ごめんなさいね。まさか、皆がいる前でそのようなことはするのは思わなくって。見たいとは思わなかったのよ。:!たまたま見ちゃっただけで、勝手にはしゃいでいたのだから。ね? お父さん?」 「ああ、そういうことだ。決して、お母さんと出会った頃のことを思い出していたわけじゃないからな」 「ま! お父さん、そのようなことを思い出していたのですか?」 「私達も、あーんをし合ったなと思ってな……。それはそれは若かったな……」 「もう、お父さんったら」 二人が揃って楽しそうに笑っているのを、石谷と山中は、「楽しそうで何より」と一緒になって頷いていた。 「……なんだこれ」 呆然とその様子を眺めていると、碧衣がぽつりと呟き、深くため息を吐いた。 「……他のヤツらがいる前で、イチャイチャしてんなよ」 「……で、でも、さっきの僕達も変わらないというか、なんというか……」 「そうかもしれねーが……」 「けど、僕、急にされてびっくりしたけど、嬉しくもあったんだ。碧衣君がそうしてくるとは思わなかったから。……ああいうこと、好きだし」 兄によくしてもらっていたから、という言葉を飲み込む。 違う。そうじゃなくてもしてくれたではないか。 それは、部屋の一室に閉じ込められていた時、夏祭りの土産して碧衣が持ってきてくれた綿菓子をあーんしてくれたり、する形になったこと…………やっぱり思い出さなければ良かったと、熱くなった両頬に手を添えた。 「葵人」 そっと、骨ばった指先を顎に添えられ、いきなりどうしたのだろうと碧衣の行動が分からずにいたが、両頬から手を下ろした時、一瞬にして理解し、瞼を閉じ、その時を待った。 ゆっくりと顔が近づいていく気配を感じる。 あと少し。あと少しで唇と唇が。 「もう、すぐ二人だけの世界に入るんだから」 迫っていた動きが止まった。 顎から手が離れた同時に、残念そうに瞼を開けた。 「だったら、なんだよ」 「葵人ちゃんを可愛がるのは勝手だけど、とりあえず食べてからにしてね」 「…………」 にっこりとそう言われ、完全に黙ってしまった碧衣は、そのまま食事に取り掛かった。 山中が堪えきれない、というような笑いをしているのを、聞こえつつも。 義母が言っていたように、今は二人だけではない。それなのに、雰囲気に飲まれてしようとした己の行動を恥、火照った顔を感じながらも、葵人も料理に手を付けていった。

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