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第36話
久々に逢ったというのに涼子との話も上の空になり、さすがに訝しがられたが静はどうにか言い訳をしてその場をやり過ごした。
涼子の近状を聞きながらも頭の中は神童の事ばかりで、それに苛立った。そして帰りには無理に叔父に迎えにきてもらい、二人と別れると近くにあったベンチに腰を下ろした。
一体、何が起こっているのか分からなかった。涼子は神童を一ミリも疑っておらず、叔父は仕事上の付き合いがあるとかで信頼しているような口ぶりだった。
退路を断たれるとは、このことだろう。もう選択の余地はないということだ。
だが本当に別れるのか?いや、別れれるのか?そんな簡単に?静は頭を抱えた。
バレれば間違いなく涼子は神童の手に落ちる。あの男は情け容赦も一寸の躊躇いもなく、行動に出る人間だ。
もし心に神童のことを話して何らかの手を打ったとしても、鬼塚組が動くよりも早くあの男は動けるのだ。あの風間組の組長を襲ったのも、彪鷹を襲ったのも神童が関係している。
神童にとって、仁流会の動向を把握することは何ら難しいものではないということを証明したも同じ。そして、神童が言う通り己自身が手を下していないのだ。
仲間が何人いるのかも何も分からない状態じゃ、神童の言う通りに動くしかない。
「力だけが全てじゃないってことを、ご丁寧に証明してやがる」
静は顔を上げて、ゆっくりと周りを見渡した。賑やかな街、楽しげな人、自分だけが疎外されているような感覚。
そうだ、思い出せ。今までこうして生きてきたんだ。家族を守るために、ずっと一人で戦ってきたんだ。
心に逢ってから忘れていた感覚だ。真綿に包まれるようにして守られたことで、本来の自分を失うところだった。
戦え、家族を守るためにー動け。ぐっと唇を噛むと、横から頭を軽く小突かれた。
「あ、雨宮さん」
「何してんの、お前。顔が超こえぇ」
「え、普通だけど。久々に涼子に逢って、パワー持ってかれたっていうか。女子高生すげぇみたいな感じ」
「おっさんかよ」
雨宮は眉を上げたが、それに静は笑ったみせた。
車の中でも平静を装えた。自分がこんなにも強かな人間だとは思わなかったというほどに、何事もないような顔を作れた。
だが、風間組への襲撃に彪鷹への襲撃。組は穏やかとは言い難い状況で、屋敷の外やガレージ近くでは見慣れない組員が多く見られた。
「鷹千穗さんはまだ病院?」
「まぁな。言っとくけど、脱走はなしだからな。いいか?」
「わかってるし、どう考えても無理でしょ。警護レベル上がってる。俺はね、鷹千穗さんが彪鷹さんの傍に居れるなら、それでいいもん」
「身に沁みてくれてるんならいいけどな。ああそうだ、俺、また出かけるから」
雨宮は静を車から降ろすと、絶対に外出禁止!と念を押して屋敷を出て行った。静はそれを見送ると、大きく息を吐いた。
部屋に戻り、帰る途中で買ってきたテイクアウトの弁当を食べながらパソコンを開く。起動させながら、以前、神童にもらった名刺を探し出した。
「まぁ、するだけ無駄だろうけど」
言いながら、社名を打ち込み検索をかけてみるとホームページはすぐに出て来た。洒落たデザインのサイトには上質な家具が掲載されていて、企業情報などを覗いたが至って普通の会社だ。
輸入家具や雑貨などを取り扱い、中国にも支店を持っているようだが色眼鏡で見ても真っ当な会社という感じで、何も怪しいところなんてなかった。
「いや、そもそもサイトで怪しさ醸し出してたら、アウトじゃん」
神童が以前、どこの組に居たのか雨宮に聞いたわけでもないので、どう仁流会と絡み合ってきたのか分からない。
分かっていることといえば、心の母親の乃愛の弟ということ。それが真実かは分からないが、神童のいう通りであれば心とは血縁者ということだ。
それにしては全く似ていない。いや、姉弟だからそこまで似ていないのかもしれない。
神童は乃愛と心は、目元が似ていると言っていた。男は母親に似るというし…。
「俺と涼子もそこまで似てないしなぁ…。多分」
自分たちは似ていないと思っていても、人からは似ていると言われてしまうのが兄弟だ。
「あ…そうだ」
静は徐に鬼塚清一郎と検索エンジンに打ち込んだ。すると、厳しい顔つきの男が出て来てギョッとした。
まさに任侠道に生きる男という感じだ。厳しさはあるが、やはり心の父親だ。顔の造形は申し分ない。
静は画面に近づき目を凝らした。似ていると言われれば似ているが…。
以前、調べたときは鬼塚組は既に心が継承していたので、清一郎のことは調べもしなかった。
だが記述によれば風間組の二次団体として、長らく風間組を支えてきたようだ。のちに平成の極道戦争が起こり、仁流会会長補佐となった。
死亡したのは平成の大戦争が終わってすぐ。死因は病死とある。
「極道も病気には勝てないか」
鬼塚組は姐を持たず、清一郎は生涯独身であったようだ。なので誠一郎が急死した後、心が就任するまで一悶着あったとある。
「独身だったのか?」
乃愛は恋人だったのだろうか?いや、そういえば鬼塚からも逃げていたって言ってたな。
心の身元がよく分からない。彪鷹が育てていたということにあまり疑問を持たなかったが、心は母親と引き離されてからどこで彪鷹と暮らしていたのだろう。
鬼塚組でだろうか?それとも別の場所で?
「いちいち謎の多い男だな、本当に」
静はPCの電源を切ると、食べ終わった弁当の空を片付け服を脱いだ。するとジーンズのポケットからスマホが落ち、床に転がった。神童に渡されたスマホだ。
静はそれを暫くのあいだ睨みつけるように見ていたが、乱暴に掴むと壁に叩きつけようとして目を閉じた。
そしてウォークインクローゼットの中に入ると、自分が買ったスニーカーの箱を引っ張りだし、スマホをそこへ投げ込んだ。
風呂にゆっくり浸かってみても不安は拭えず、静はベッドに転がり、どうしたら心と別れられるのかということばかり考えていた。
急に言えば怪しまれる。普段はものぐさな男ではあるが、そういうところは敏いのだ。
幸い、心と居る間に稼いだ金はほぼ手付かずだ。住居を見つけるのは金銭的な余裕があるので、容易いだろう。
問題といえば、働き口。あの店は崎山が管理していて、早瀬も崎山の部下のようなものだ。
辞めさせてほしいと言えば、すぐに崎山に連絡がいくだろう。そうなると、やはり疑われる。
いつも行動を一緒にする雨宮にバレないように部屋を探して、働き口を探して…。
考えれば考えるほど、悔しさに叫びそうになった。
家族を人質にと言われたのは初めてではない。大多喜組の時だって同じように言われた。
女のほうが稼げる。未成年を好きな変態は数多く居ると。それを阻止するために涼子を新藤夫妻に預けて、死に物狂いで働いたのだ。
だが、今回の相手は大多喜組のような生易しいものではない。それだけは分かる。
やはり雨宮に相談すべきか…。いや、危険性がゼロでないのであればリスクを冒したくない。それに誰かが傷つくのは二度とごめんだ。
「あ?起きてんのか」
突然、声を掛けられ飛び起きた。すると寝室の入り口に心が立っていて、飛び起きた静に眉を上げた。
「そんな驚くことか?」
「いや、驚くじゃん…」
「変な奴」
心は小さく笑って、ソファのある方へ行ってしまったので静はそれを慌てて追った。
「あ、あの、彪鷹さんは!?」
「死ぬかもな」
「え!?」
「死なんかも」
「え、何それ。予断は許さないってやつ?」
「ま、そういうこと。鷹千穗は梃子でも動かんし、関西も騒がしいし…」
心はさすがに疲れた顔を見せ、ソファにドカッと座った。静はそんな心に縋り付きたいのを抑えて、隣に腰掛けた。
「あの…彪鷹さんってさ、心のお父さんじゃないんだよね?」
「あ?なんやねん急に。あれが親父って、年齢がおかしいやろ」
「いや、年齢知らないもん」
「…俺も知らんな」
「ええ!?」
思わず大きな声を出してしまったが、いや、驚くところだろうと思う。育ての親であるのに、年齢を知らないとはどういうことか。
無関心というよりも、ちょっと酷くないかと思うほどだ。
「彪鷹は、昔から全部が謎やから」
「え?全部って?」
「名前も、年も、全部な」
「え、でも…育ての親?なんでしょ?名前も本名でしょ?」
名前もってどういうことだと、静は蛾眉を顰めた。年齢も名前も全て偽りということか?どういう理由で?
「何やねん、俺に興味でも出て来たか。それとも彪鷹か?」
静は拙いと、慌てて首を振った。
「いや、だって…彪鷹さんって、何だか分からないなって思って」
「彪鷹は昔からあんなんやしな…。素性もどうなんか知らんけど、元は鬼塚組の組員やから怪しい人間ではないとは思うけどな」
「そっか…」
乃愛のことを聞いていいものか、いや、それは不自然すぎる。こういうときに相馬のような饒舌さが欲しいなと、膝を抱えた。
「静」
呼ばれ、振り向けば口付けが落とされた。数回、軽いキスをしていると、身体の熱が上がる。
静は心の首に腕を巻きつけて、心の上に跨った。
「珍しいやん、積極的」
「俺も、男ってことじゃん」
あと何度、心の熱を感じれるのか分からない。ならば少しでも鬼塚心という男の熱を覚えておきたいと、静は心に抱きついた。
抱きつきながら心のシャツの裾から手を入れ、無駄な脂肪のない背中を撫でると耳元で笑い声が聞こえた。
顔を覗くと、必死に笑いを堪えていたのだ。
「何だよ」
「こそばい」
「えー、そう?この辺とか」
「あほ!やめろ!」
腰の辺りを撫でると、心が身を捩って静の手から逃げた。静はソファに転がる心の身体に跨るようにして座ると、心の首元に口づけを落とした。
ペロッと舐めてから、ゆっくりと吸う。普段、自分がされている時は何がなんだか分からなくなってしまっているが、ようは好きなところにキスを落とせばいいんじゃないかと思った。
たまに緩く噛んでキスをして、そうしながらシャツのボタンを外していくとシルエットの美しい胸筋下部が見えた。
指先でラインを辿り掌を載せると、しっとりとした肌を感じた。
心の身体が好きだ。というか、筋肉が。
雨宮もしっかりと筋肉が付いているが、心のそれとは何かが違う。それが何かは分からないが、ずっと触っていたくなる身体なのだ。
「俺、変態かも」
「はぁ?」
「筋肉フェチじゃないけど、お前の身体ってずっと触ってたくなる」
シャツを脱がせると、見事に割れた腹筋が顔を出した。普段はソファでゴロゴロしているくせにというか、常にソファでゴロゴロしているくせに何をどうしたらこうなる。
「帰って来る前に鍛えてるとか?」
「は?」
「ジム通って鍛えてる?」
「俺が?」
そんなことするわけないかと、胸元にキスを落とした。
「俺も鍛えたらこうなるかな」
「鍛えるんか?」
「強くなりたい」
守られるだけじゃなく、戦える術が欲しい。逃げるばかりじゃなく、迎え撃つ強さが欲しい。
別れろと言われて、別れる術しかない現実が酷く腹立たしい。
「強くなる前に、色気出すのが先かもな」
心は腹筋を使って軽々と起き上がると、静の唇に噛みつくような口づけをした。舌を絡ませて歯列をなぞる。
そんな口づけを仕掛けながら、静の服を簡単に脱がせてしまった。上半身が裸になったところで、ぎゅっと心に抱きつくと肌が触れ合いホッと息を吐いた。
「今日はやけにくっついてくんな」
心が愉快そうに笑う。離れたくない。そう言って神童のことを話せれば、どれほどラクになるだろうか。
言えば、心は全力で静も涼子も守ってくれるだろう。離さないと言ってくれるだろう。
だが神童は実行しているのだ。彪鷹を襲撃し、風間龍一を襲撃し、仁流会をゆっくりと潰しにかかっている。
もう静に残された道はひとつしかない。
静はゆっくりと心から離れると、おずおずと身体を下へと移動させた。
「は…?静、」
何をしようとしているのか分かった心の言葉を、手で遮る。静は心のスラックスのベルトを外すと、震える手でボタンを外した。
「これはまた、情熱的やな」
「俺も男だって言ったろ。そ、そういう、こう…したい気分っていうのがあるの。それにやられてばっかりは、性に合わない」
ぐっとアンダーウェアを下ろすと、思わずぎゅっと目を瞑った。
「失礼か、お前は」
「いや、だって…」
「無理すんな」
「無理じゃない」
静はそっと、心の成長しきってないペニスを撫でるように指先で辿ってみた。ゆっくりと指を回して舌先で舐めてみると、意外に平気だと先端に口付けた。
口を開いて咥えて、自分の乏しい知識で愛撫らしいことをしてみた。すると、少しづつ口の中で成長してきているのが分かり、気を良くした静は舌を絡めて吸い付いた。
「あー、やば。エロい顔で咥えよって…」
心は静の頭を撫でながら、息を荒くした。こうして自分がすることで、相手が感じてくれることがこんなにも嬉しいことなんだと、静は改めて知った。
いつもは気を追うのが精一杯で、心がこうして感じてくれている表情なんて伺い知る余裕なんてない。だが今は、欲情を孕んだ瞳で静が愛撫するその様を、舐めるように見ている。
静はそれだけで、下半身に熱が溜まるのが分かった。
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