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「本当に申し訳なかった。婚礼式直後でルナも疲れただろう? まさか、到着したばかりの姉上が一番元気だなんて想像もしていなかったよ」 「わたしなら大丈夫です。それに、母のこともいろいろ教えていただきましたし」  そう答えたのは嘘ではない。疲れていないかと言われれば多少疲れはあるものの、それ以上に母上のことがわかってうれしい気持ちでいっぱいだった。  王女殿下に教えていただいた母上という人は、ぼんやり覚えている母上と少し違っていた。わたしがかろうじて覚えているのは、本を読んでくれていた優しい声や表情だけだ。ところが結婚前の母上は、見た目は儚い美少女だというのに乗馬だけでなく木登りも得意だったという。屋敷で本を読むことくらいしかしないわたしにとっては想像もつかないことだ。  それに、異国の言葉に詳しく好奇心も旺盛だったらしい。そういう人だから語学教授と呼ばれる父上と親しくなったのだろう。「見た目はそっくりだけれど、中身はあの子のほうが男の子のようね」と微笑まれた王女殿下の目尻には、ほんの少し光るものがあった。  母上が王妃様にも王女殿下にもとても愛されていたのだということがよくわかった。そんな母上に瓜二つだと言われるのは少しだけ気が引けてしまう。恐縮するわたしに、王女殿下は「あなたがウィルの伴侶になってくれて本当によかったわ」と過分なお言葉をくださった。 (わたしのような底辺の貧乏貴族、しかも男が王太子妃なんて、本来なら眉をひそめたくなるだろうに……)  すべては亡き母上のおかげということだろうか。亡き母上もこのことを喜んでいてくれたならと心の中で祈った。  今回王女殿下にお目にかかった部屋は、幼いわたしが母上と一緒に訪れていた部屋だと伺った。少し見せていただいた庭に記憶はなかったものの、おそらくそこでウィラクリフ殿下とお目にかかったのだろう。 (何か一つでも思い出せれば……)  必死に思い出そうとした。事故の後のことはいろいろ覚えているのだから、きっときっかけがあれば何か思い出せるはず。そう思ったからか、一瞬だけ男の子の顔が脳裏をよぎった。それは栗色の……いや、金色の髪をした小さな男の子だった気がする。 (殿下は栗色の髪だ。金髪ということは、もしかしてハルトウィード殿下にもお目にかかったのだろうか)  しかしハルトウィード殿下からそのような話を伺ったことはない。ウィラクリフ殿下もおっしゃっていなかったということは、わたしの勘違いなのだろう。 (早く思い出せるといいな)  そう願いながら隣に立つ殿下を見上げると、優しい微笑みを返してくださった。 「ありがとう、ルナ」 「いいえ、わたしのほうこそありがとうございます」  そう答えると微笑みながら隣に腰掛ける。そうしてわたしに微笑みかけてから大きなため息をついた。 「まったく、婚礼式当日の花嫁を花婿から取り上げるのかと、わたしは気が気じゃなかったよ」  言葉の内容にドキッとした。そうだ、今夜は結婚して初めての夜だ。いつも寝る前に本を読んでいるソファには、わたしだけでなく殿下も座っている。二人とも入浴を終えて夜着を身につけてもいた。この後、いつも一人で寝ているベッドで今夜は一緒に眠ることになる。  ということは、当然そういうこともするに違いない。しっかり事前準備はしているものの実際にそういうことをするのだと思うと、未知の領域に踏み出す冒険家のような気持ちになった。  ウィラクリフ殿下の婚約者候補になったときからお妃教育が再開されたものの、そこに閨のことが含まれていないと気づいたのは王太子宮に移ってからだった。そういう教育があることは、さすがのわたしでも知っている。それなのにリードベル教授からはもちろんメリアンからも何も聞くことがなかった。  別に積極的に知りたかったわけじゃない。ただ何も知らないまま当日を迎え、殿下の手を煩わせたり不快に思われるようなことになっては大変だと思ったのだ。事前に習得できることはきちんと学んでおきたい。それなのに何も学ぶことなく当日を迎えるのは不安しかなく、なんとかできないものかと真剣に考えた。  そこで頼ったのがキルトだった。キルトはこういう下世話なことも訊けそうな雰囲気をしている。それに王太子宮でこういう話ができる相手はキルトしか思い浮かばなかった。  結果的に同性の伴侶を持つキルトに相談するのが正解だった。しかし当時のわたしはキルトが同性婚をしていたと知らず、訊ねてもいいのか随分と悩んだ。 (もう少し早く教えてくれていれば、あんなに悩んだり恥ずかしく思うこともなかったのに……)  本当に散々悩んだのだ。悩みに悩み、それでも何も知らないよりはいいと思ってようやく口にできたのは婚礼式七日前というギリギリだった。 「あー、閨教育がないのは、おそらく殿下のご命令だからですね」 「え……?」 「そういうのって、半分は実地訓練みたいなものじゃないですか。エルニース様の肌を他人に触れさせるなんて、殿下がお許しになるわけないですからねー」 「そのせいで入浴のお手伝いだって俺しかいませんけど、これからもバッチリお世話させていただきますからね!」とキルトが胸を叩いている。 (そうか、閨教育とはそういうものなのか)  具体的なことはわからないけれど、肌を見せたり触られたりするのなら恥ずかしくてできそうにもない。相手がキルトでもできるか自信がなかった。 「それに、受け身の男っていうのは事前準備も必要ですからね」 「事前準備?」 「あーなるほど、そこからご存知ないんですね。こりゃどうしたもんかなぁ」  キルトが珍しく困った顔をしている。もしかして、とんでもなく重要な準備というのが必要なのだろうか。そうなると、それすらわからないわたしは殿下のお相手を十分にできないかもしれないということだ。……あぁ駄目だ、考えるだけで不安になってきた。 「あー、俺から殿下にちょっとお伺いしておきますね? 大丈夫です。こういうことは繊細な問題でもありますし、俺がうまいこと説明しておきますから」  力強く笑ったキルトは殿下に何かしら説明してくれたらしく、翌日の夕方、事前準備に必要な道具だと言って見慣れない物を持ってきた。 「これは……?」 「ざっくり説明しますと、お腹の中を洗う道具ですね」 「お腹の中?」 「……もしかして、それ以前のところからご存知ない?」 「…………」 「あ! いえ、エルニース様ならご存知なくて当然だと思いますよ! うん、はい、大丈夫です、そのあたりもざっくりお教えしますんで」  そうしてキルトから聞いた内容は、わたしが想像していたよりもずっと未知なる行為だった。そもそも男女のことすらぼんやりとしか理解していないわたしだから、男同士のことを知っているはずもない。 (実際にするのは恐ろしいけど……。せめて、事前準備だけでもできるようになっておかなければ)  多少の恐怖心はあったものの、事前準備に向けて前向きな気持ちになったのは本当だ。しかし聞くのと実際にやるのとではあまりにも違っていて、初めて事前準備をしようとした日は最後まですることができなかった。 (まさかあんなものを差し込んだり、水とは違う液体をあのようなところに入れるなんて……)  思い出すだけで恐怖と羞恥心が蘇って体が震えた。それでもこれを済ませなければ次に進めないのだと言われ、覚悟を決めてやり続けた。  羞恥に震え泣きそうになるわたしに、キルトは本当に根気強く教えてくれたと思う。なんとか事前準備なるものができるようになったとき、「こういうことは本来、侍女がやるものなんですよー」と言われて、あまりのことに倒れそうになった。 (女性にこんなことの手伝いを……)  想像しただけで全身が真っ赤になった。キルトがいてくれて本当によかったと、あのとき心の底からそう思った。 「ルナ、もしかして緊張している?」  殿下の声にハッと我に返った。しまった、つい事前準備を始めたときのことに気を取られてしまった。今夜の入浴でいつも以上に丹念に準備をしたからだろう。思い出すだけで恥ずかしくなり、顔に熱が集まり始める。  慌てて俯いたわたしの顔を殿下が覗き込んだ。チラッと見た殿下の緑眼は少し笑っているような雰囲気で、もしやからかわれているのかとますます恥ずかしくなる。 「殿下、」 「あぁ、意地悪で言ったんじゃない。ルナがあまりに愛らしくて、ついね」  頬に触れた殿下の指はいつもより少し熱く、もしかして殿下も緊張しているのではと思い顔を上げる。しかしそこにあったのは緊張した殿下の顔ではなく、いままで見たことがないくらい強く光る緑眼だった。 「ようやくこの日を迎えることができた。愛しいルナ、今夜からすばらしい蜜月を過ごそう」  殿下の声にいつもよりわずかに熱がこもっているように聞こえる。そう感じでしまったわたしの体は、どうしてか小さくふるりと震えた。  初夜という言葉に緊張していたわたしは、さらに緊張し混乱することになった。いま思い出しても羞恥のあまり体が震えてしまう。  キルトから少し聞いていたとはいえ、聞くのと実際に体験するのとでは大きく違うことを身をもって知った。そもそもウィラクリフ殿下にあのようなところを見られるのは正直抵抗があった。それなのに初日にすべてを見られてしまった。 (それどころか指で触られるなんて)  指で撫でられ揉むように触れられた。あまりのことに体中が真っ赤になった。さらに中に指が入ってくるのを感じたときには涙がこぼれた。あまりの状況に、わたしは顔を見られないようにと枕に顔を押しつけて羞恥に耐えることしかできなかった。  それからのことは、正直ところどころしか覚えていない。とにかく恥ずかしくてたまらず、頭が何度も弾け飛んでしまうのではないかと思った。途中で張り型を見せられたけれど、ぼんやりした頭ではそれが張り型だと理解することもできなかった。 「ルナ、怯えないで。決して傷つけたりはしないから」 「ふ……っ、……ん、ぅ……」 「そう、力を抜いて……。いい子だ、もう二番目の張り型まで上手に入っているよ」  殿下の声とともに硬いものがあらぬところを出入りし、内蔵を擦られる感覚に思わず唇を噛み締めた。殿下に見せられた張り型は六種類あった。指ほどの太さから驚くほどの太さまであり、それを細いものから順に入れて慣らすのだという。  きっとこれがキルトの言っていた「半分は実地訓練みたいなもの」なのだろう。聞いたときにはよくわからなかったけれど、曖昧にしか言えなかったキルトの気持ちがよくわかった。 (たしかにこれを誰かにされるのは、絶対に無理だ)  相手が殿下だからこそ、かろうじて耐えられる。それでも恥ずかしいことに変わりはない。指はこれでもかというほどシーツを握りしめ、おかしな声が出ないように必死に唇を噛み締めた。そもそも、うつ伏せで腰を突き出すような格好をしているだけでも恥ずかしい。 (しかも足を広げるだなんて……)  これが一番楽な姿勢なのだと殿下がおっしゃらなければ、羞恥のあまり逃げ出してしまったに違いない。 (いや、この体勢のほうがよかった)  顔を見られてしまう仰向けよりは、このほうがずっといい。 「さぁ、もう少し動かしてみようか」 「ひ……っ」  少し冷たい液体が尻の間を流れるのを感じ、思わず声が漏れてしまった。脳裏に殿下に見せられた容器と液体がよぎる。  張り型と一緒に見せられたのは銀色の小さな水差しのようなものだった。「これは?」と尋ねるわたしに「事前準備で使ったものと似た液体だよ」と殿下が答える。 「ほら、こちらのほうがいい香りがするだろう?」  目の前で銀色の細い口が傾き、殿下の指にとろりとした液体がこぼれ落ちた。殿下の長い人差し指と中指を伝った液体がぽたりとベッドに落ち、小さな染みを作る。  見てはいけないものを見たような気がしたわたしは、慌てて視線を逸らした。あのときの液体を垂らされたのだとわかり、ますます体がカッと熱くなった。  とろりとしたその液体は事前準備で使うものとは違い甘い香りがした。これを使えば滑りがよくなり、痛みを感じにくくなるということも殿下に教えていただいたことだ。  たしかに摩擦が減りそうな感触ではあった。しかし、そのせいでヌプヌプ、クチュクチュという音がして居たたまれなくなる。 「ぅ……、ふ……、ふ……っ」 「そう、そのまま……。あぁ、随分と柔らかくなってきた」 「ん……、ぅ……」 「もう少し奥まで入れてみようか」 「ん……っ」  ヌチュ、と音がして圧迫感が増した。思わず体に力が入ってしまったけれど、殿下の手に優しく腰を撫でられゆっくりと力を抜く。最初はできるだけ力を抜いたほうがいいということも殿下に教わったことだ。 「今夜はここまでにしようか。いきなり慣らしすぎてもつらいだろうからね」 (あっ)  異物が少しずつ抜けていく。ゆっくりと内臓を擦りながら抜けていく感覚は、まるで排泄を促されているようだと思った。 「……っ」  最後、ヌプ、と音を立てて張り型が完全に抜けたとき、思わず声が漏れそうになり慌てて唇を噛んだ。ゾクッとするような得体の知れない感覚が背筋を痺れさせる。 「大丈夫、少し赤くなっているけれど傷はついていない」 「ふぁ……っ」  とんでもないところを再び指で撫でられ、結局声が漏れてしまった。掠れたような少し高い声があまりに恥ずかしく、慌てて枕に顔を押しつける。 「恥ずかしがることはないよ。むしろ愛らしい声なのだから、もっと聞かせてほしいくらいだ」 (とんでもないところを指で撫でながら、なんということをおっしゃるのか……!)  みっともない声は出したくない。これ以上そんな場所を触られるのは恥ずかしいのだという気持ちを込めて、枕に顔を埋めたまま何度も首を横に振る。 「これはまだ序の口だよ。それなのにこんなに愛らしいなんて、これからが楽しみだね」  殿下の楽しそうな、それでいて少し意地悪な声が聞こえる。しかし自分のことで精一杯だったわたしは聞き流すことしかできなかった。  翌日からも慣らすための行為は続いた。 「ふぁっ」 「そう、いい子だ。もう五番目の張り型まで難なく入るようになった」 「ん……っ。ん、ふ……、ふ、ふぅ……っ」 「力も抜けるようになったようだし、柔らかくなるのも早いね」 「んっ、んぅ、ん……。ふ、ぅ……っ」 「それじゃ今夜は最後の張り型を使ってみようか」  殿下の言葉が聞こえたあと、ヌプッと音を立てて張り型が抜けていくのがわかった。内蔵を押し広げていた圧迫感が消えるとともに、排泄感にも似た感覚に背中が震える。ざわざわするその感じは張り型が出入り口を抜ける瞬間に強くなり、どうしてか腰が震えてしまった。恥ずかしくて何度もどうにかしようと思うのに、耐えようとしても体が言うことを聞いてくれない。 「念のため潤滑剤を足しておこう」 「ひ……っ」  三番目の張り型を使うようになってから、途中で潤滑剤という甘い香りの液体を直接体内に注ぎ込まれるようになった。きっとわたしが苦しくないようにと思ってくださってのことなのだろう。 (こういうことまで気を配ってくださるのは、うれしいけれど……っ)  あらぬところを殿下の指で広げられ、そこに小さな水差しの注ぎ口を差し込まれるというのは慣れることがなかった。しかも注ぎ込まれている間は殿下にそこを見られているということだ。たまに液体がこぼれ出てしまうと「あぁ、垂れてしまうな」とおっしゃって、注ぎ口を差し込んだままの指で拭い取られる。そのとき睾丸に触れられることもあり、そうしたすべてのことが恥ずかしくてたまらない。 (そのうえ、それを気持ちいいと感じてしまうなんて……)  わたしはなんと浅ましいのだろう。何も知らず一人では何もできないわたしのために、殿下自らがこうしていろいろと教えてくださっているというのにと情けなくなる。 「さぁ、これで痛みはあまり感じないはずだ。……そう、力を抜いて……。そう、いい子だ。このままゆっくり入れていくからね」  これまでにない圧迫感を感じて思わず声が漏れそうになった。そのまま何度かクチクチと出入りをくり返していた張り型が、ググッと奥のほうへと入ってくる。そこでまた出入りをくり返し、そうしてさらに奥へと進んでいく。  痛みはほとんど感じなかった。それでも圧迫感はすごく、奥へと入ってくるときに思わず下腹に力が入ってしまう。そうすると張り型の動きを止めることになり、同時にグプグプとみっともない音を立てて潤滑剤が隙間からこぼれるのがわかった。 「ぁ、ごめ……、なさ……、ひぅ……っ」 「大丈夫、謝らなくていい。こうして途中で力を入れるのも悪いことじゃない。あぁ、まるでわたしのものを食いしめているのを見ているような気持ちになる」  つぶやきが聞こえたあと、またググッと張り型が奥へと入ってきた。思わず「ひっ」と小さな悲鳴を漏らしてしまい、慌てて枕を噛み締める。 「そう、とても上手だ。ちゃんと奥まで入っている。それに中も具合よく動いているようだし、これは明日が楽しみだ」  殿下の声は聞こえるけれど、ヌプヌプと出し入れされる張り型が気になって言葉に集中できない。何をおっしゃったのか理解できず、答えることもできなかった。  太く大きな張り型を何度も動かされる。いつの間にかビリビリと感じるようになっていた部分を何度も擦られた。深い場所を押し広げるように、そのまま何度も奥で出入りをくり返される。 (あんな、大きいものが……動いている、のに……)  やはり不思議なほど痛みは感じなかった。圧迫感と違和感はすごいものの、そこに少しずつ違う感覚が混じり始める。それはゾクッとするような奇妙な感覚で、奥のほうでじわじわと広がっていくのがわかった。 (なに……これは、なに……)  怖くなり、思わず逃げようと足を動かした。しかし膝をついた状態の足は震えるばかりで、逃げる代わりに腰がゆらゆらと揺れる。張り型が抜けるときには腰を支えることすらできなくなり、崩れるようにベッドに体を横たえた。そんなわたしを殿下は「いい子だ」と褒め、背中を優しく撫でてくださった。

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