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「本当に申し訳なかった。まさか、到着したばかりの姉上が一番元気だなんて想像もしていなかった」 「いえ、わたしなら大丈夫です。それに、母のこともいろいろお伺いすることができましたし」 「ありがとう、ルナ。……まったく、婚礼式当日の花嫁を花婿から取り上げるのかと、わたしは気が気じゃなかった」  ウィラクリフ殿下の言葉にドキッとした。  そうだ、今夜は結婚して初めての夜ということになる。いつも寝る前に本を読んでいるソファにはわたしだけでなく殿下も座っていて、二人とも入浴を終えて夜着を身につけた状態だ。そうしていつも一人で寝ているベッドで、今夜は一緒に眠ることになる。  ということは、当然そういうこともするに違いない。しっかり事前準備はしているものの実際にそういうことをするのだと思うと、本で読んだ未知の領域に一歩踏み出す冒険家のような気持ちになった。  ウィラクリフ殿下と正式に婚約する以前からお妃教育が始まっていたものの、そこに閨のことが含まれていないと気づいたのは王太子宮に移ってからだった。  そういう教育を受けるということは、さすがのわたしでも知っている。それなのにリードベル教授からはもちろんのこと、メリアンからも何も聞くことはなかった。  別に積極的に知りたかったわけじゃない。ただ何も知らないまま当日を迎え、殿下の手を煩わせたり不快に思われるようなことが起きては大変だと思ったのだ。事前に習得できることは、きちんと学んでおきたい。それなのに何も学ぶことなく当日を迎えるのは不安でしかなく、なんとかできないものかと真剣に考えた。  そこで頼ったのがキルトだった。キルトはこういう下世話なことも訊けそうな雰囲気だし、王太子宮でこういう話ができる相手はキルトしかいなかった。  結果的に同性の伴侶を持つキルトに相談するのが一番よかったわけだけれど、昨夜までキルトの伴侶のことを知るはずもなく、訊ねてもいいのか随分と悩んだことを覚えている。 (もう少し早く教えてくれていれば、あんなに悩んだり恥ずかしく思うこともなかったのに……)  本当に散々悩んだのだ。悩みに悩み、それでも何も知らないよりはと思ってようやく口にできたのは、婚礼式七日前というギリギリだった。 「あー、閨教育がないのは、おそらく殿下のご命令だからですね」 「え……?」 「そういうのって、半分は実地訓練みたいなものじゃないですか。エルニース様の肌を他人に触れさせるなんて、殿下がお許しになるわけないですからねー」 「そのせいで入浴のお手伝いだって俺しかいませんけど、これからもバッチリお世話させていただきますからね!」とキルトが胸を叩いている。   ……そうか、閨教育とはそういうことなのか。具体的なことはわからないけれど、肌を見せたり触られたりするのなら恥ずかしくてできそうにもない。 「それに、受け身の男っていうのは事前準備も必要ですからね」 「事前準備?」 「あー、なるほど、そこからご存知ないんですね。こりゃどうしたもんかなぁ」  キルトが珍しく困った顔をしている。もしかして、とんでもなく重要な準備というのが必要なのだろうか。となると、それすらわからないわたしは殿下のお相手を十分にできないかもしれないということだ。  ……あぁ駄目だ、いろいろ考えるだけで不安になってきた。 「あー、俺から殿下にちょっとお伺いしておきますね? うん、大丈夫です、こういうことは繊細な問題でもありますし、俺がうまいこと説明しておきますから」  力強く笑ったキルトは本当に殿下に何かしら説明してくれたらしく、翌日の夕方、事前準備に必要な道具だと言って見慣れない物を持ってきた。 「これは……?」 「ざっくり説明しますと、お腹の中を洗う道具ですね」 「お腹の中?」 「……もしかして、それ以前のところからご存知ない?」 「…………」 「あ! いえ、エルニース様ならご存知なくて当然だと思いますよ! うん、はい、大丈夫です、そのあたりもざっくりお教えしますんで」  そうしてキルトから聞いた内容は、わたしが想像していたよりもずっと未知なる行為だった。そもそも男女のことすらぼんやりとしか理解していないわたしだから、男同士のことを知っているはずもない。 (実際にするのは恐ろしいけど……。せめて、事前準備だけでもできるようになっておかなければ)  多少の恐怖はあったものの、事前準備に向けて前向きな気持ちになったのは本当だ。しかし聞くのと実際にやるのとでは大きく違い、初めて事前準備をしようとした日は最後まですることができなかった。 (まさか、あんなものを差し込んだり、水とは違うぬるりとした液体をあのようなところに入れるなんて……)  駄目だ、思い出すだけで恐怖と羞恥心が混ぜこぜになって体が震えてしまう。それでもこれを済ませなければつぎに進めないと言われてしまえば、覚悟を決めてやるしかなかった。  羞恥に震え泣きそうになるわたしに、キルトは本当に根気強く教えてくれたと思う。なんとかある程度、事前準備なるものができるようになったとき、「こういうことは本来、侍女がやるものなんですよー」と言われて、あまりのことに倒れそうになった。  女性にこんなことの手伝いを……、わたしには一生、絶対に無理だ。キルトがいてくれて本当によかったと、あのとき心の底からそう思った。 「ルナ、もしかして緊張している?」  殿下の声にハッと我に返った。しまった、つい事前準備を始めたときのことを思い出してしまっていた。きっと今夜の入浴で、いつも以上に丹念に準備をしたからだろう。 「……殿下」 「あぁ、意地悪で言ったんじゃない。ルナがあまりに愛らしくて、ついね」  頬に触れた殿下の指はいつもより少し熱く、もしかして殿下も緊張されているのかと思って顔を上げる。しかしそこにあったのは、……いままで見たことがないくらい強く光る緑眼だった。 「ようやくこの日を迎えることができた。愛しいルナ、今夜からすばらしい蜜月を過ごそう」  殿下の声にはいつもよりわずかに熱がこもっているように聞こえ、そう感じでしまったわたしの体は、どうしてか小さくふるりと震えた。  事前にキルトから少し聞いていたとはいえ、やっぱり実際に体験するのとでは大きく違う。そもそもウィラクリフ殿下にあのようなところを見られるのは、いくら伴侶であっても強い抵抗感があった。 (見られるだけじゃなく、まさか殿下の指に触られるなんて……)  指で撫でられ揉むように触れられたとき、あまりのことに体中が真っ赤になった。さらに中に指が入ってくるのを感じたときには、思わず涙がこぼれそうになった。わたしは顔を見られないようにと、枕に顔を押しつけて羞恥に耐えることしかできなかった。  それからのことは、正直ところどころしか記憶にない。ただ恥ずかしくてたまらず、頭が何度も灼ききれそうになった。途中で張り型を見せられたけれど、ぼんやりした頭では理解することもできなかった。 「ルナ、怯えないで。決して傷つけたりはしないから」 「ふ……っ、……ん、ぅ……」 「そう、力を抜いて……。いい子だ、もう二番目の張り型まで上手に入っているよ」  殿下の声とともに硬いものがあらぬところを出入りし、内蔵を擦られる感覚に思わず唇を噛み締める。  殿下に見せられた張り型は六種類あり、指ほどの太さから驚くほどの太さまであった。それを細いものから順に入れていき、慣らすのだという。きっとこれがキルトの言っていた「半分は実地訓練みたいなもの」なのだろう。聞いたときにはよくわからなかったけれど、曖昧にしか言えなかったキルトの気持ちがよくわかった。 (……たしかに、これを誰かにされるのは、絶対に無理だ……)  相手が殿下だからこそ、かろうじて耐えられる。それでも恥ずかしいことに変わりはなく、指はこれでもかというほどシーツを握りしめ、おかしな声が出ないように必死に唇を噛み締めた。そもそも、うつ伏せで腰を突き出すような格好をしているだけでも恥ずかしいのだ。 (しかも、とんでもないところを殿下に見せるように足を広げるだなんて……)  これが一番楽な姿勢なのだと殿下がおっしゃらなければ、羞恥のあまり逃げ出してしまったに違いない。……いや、顔を見られてしまう仰向けよりは、このほうがずっといいとは思うけれど。 「さぁ、もう少し動かしてみようか」 「ひ……っ」  少し冷たい液体が尻の間を流れるのを感じ、思わず声が漏れてしまった。  とろりとしたその液体は事前準備で使うものとは違い、甘い香りがする。これを使えばすべりがよくなり、痛みを感じにくくなると殿下に教えていただいた。  たしかに摩擦が減りそうな感触ではあったけれど、そのせいでずっとヌプヌプ、クチュクチュという音が聞こえてきて居たたまれなくなる。 「ぅ……、ふ……、ふ……っ」 「そう、そのまま……。あぁ、随分と柔らかくなってきた」 「ん……、ぅ……」 「もう少し奥まで入れてみようか」 「ん……っ」  ヌチュ、と音がして、圧迫感が増した。思わず体に力が入ってしまったけれど、殿下の手に優しく腰を撫でられ、ゆっくりと力を抜く。最初はできるだけ力を抜いたほうがいいということも殿下に教わったことだ。 「……今夜はここまでにしようか。いきなり慣らしすぎてもつらいだろうからね」 (あ……っ)  異物が少しずつ抜けていくのがわかる。ゆっくりと内臓を擦りながら抜けていく感覚は、まるで排泄を促されているようで……。 「……っ!」  最後、ヌプ、と音を立てて張り型が完全に抜けたとき、ゾクッとするような得体の知れない感覚が背筋を痺れさせた。 「大丈夫、少し赤くなっているけれど傷はついていない」 「ふぁ……っ」  とんでもないところを再び指で撫でられ、思わず声が漏れてしまった。しかも掠れたような少し高い声で、恥ずかしさのあまり慌てて枕に顔を押しつける。 「ふふ、恥ずかしがることはないよ。むしろ愛らしい声なのだから、もっと聞かせてほしいくらいだ」 (とんでもないところを指で撫でながら、なんということをおっしゃるのか……!)  みっともない声は出したくないのだと、これ以上そんな場所を触られるのは恥ずかしいのだという気持ちを込めて、枕に顔を埋めたまま何度も首を横に振った。 「これはまだ序の口だよ。それなのにこんなに愛らしいなんて、これからが楽しみだね」  殿下の楽しそうな、それでいて少し意地悪な声が聞こえたけれど、自分のことで精一杯だったわたしは聞き流すことしかできなかった。

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