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 王太子宮の中でしか踊る機会のなかったダンスを、ついに大勢の前で披露するときがきた。これまで王城で開かれるパーティにも顔見せ程度しか参加してこなかったけれど、明日開かれるパーティではきっとダンスが必要になるはずだ。 (エルラーン王太子殿下が会いたいとおっしゃっているということは……)  ただ挨拶するだけでは終わらないだろう。盛大なパーティといえばダンスだから、おそらく披露することになるに違いない。  エルラーン王太子殿下は、隣接する国の中でもっとも大きな国土を持つ国の王太子殿下だ。ウィラクリフ殿下との親交も長いと聞いている。  そのエルラーン殿下が十年振りに国賓としていらっしゃることになり、三日三晩に渡って盛大なパーティが開かれることになった。そこに主要な王族が呼ばれるのは当然なのだけれど、ウィラクリフ殿下はわたしを参加させるのを渋っていらっしゃった。 「リードベル教授にも問題ないとおっしゃっていただきました。直接お話しすることはないと思いますが、両国の歴史も先方の文化も、ひととおり頭に入れています。あの、失敗は、しないと思うんです」 「ルナの努力と勤勉さを疑ったことはないよ。きみはどの国の王侯貴族の前に出ても、文句のつけようがない立派なわたしの伴侶だ」  殿下に褒めていただくだけで、頬がカッと熱くなる。わたしは誰に褒めていただくよりも、ウィラクリフ殿下に認めていただくことがなにより嬉しかった。 「頑張ります……!」 「……そうではなくてね。あぁ、なんと言ったものかな」 「殿下……?」  珍しく殿下が困った顔をされている。そんな顔をさせてしまうほど、わたしが表に出るのはよくないことなのだろうか。  たしかに男の伴侶というのはいろいろあるだろうけれど、エルラーン殿下の国では貴族や王族が男性同士で婚姻を結ぶことは一般的だと聞いている。奇異な目で見られることはないだろうし、ようやく殿下の伴侶としての役目を果たせるのだと考えていたのだけれど……。 「あぁ、そんな悲しそうな顔をしないで。ルナは決して悪くない。必要以上に心配してしまうのは、わたしの悪い癖なんだ」 「殿下……?」 「いや、いつまでもこういうことではいけないな」  ベッドの上で向かい合うように座り話していた殿下が、苦笑のような笑みを浮かべられた。 「あの、殿下、無理にとは……」 「いや、せっかくルナがやる気になっているのだから、一緒に参加することにしよう。となれば、とびっきりの衣装を選ばなくてはね」  殿下の顔が晴れやかなものに変わった。それにホッとしつつ、初めての王太子妃としての役目に少しだけ緊張する。 「まだ緊張するには早いよ? ふふ、そうだね、衣装は少し色味の明るいものにしようか。……そう、ここのように赤い色がいいかもしれない」 「……っ、殿下、」  夜着のボタンを外され、乳首をクリッと摘まれておかしな声が出そうになった。本当は手で隠したいけれど、膝の上で両手をグッと握りしめて我慢する。 (また……胸が尖って……)  いや、違う。触れられる前から胸は尖っていた。それが恥ずかしくて目を閉じながら下を向く。  いつの間にかわたしの胸は、殿下に触れられる前からツンと尖るようになっていた。あまりに恥ずかしくて最初は両手で隠していたけれど、殿下が「わたしを待ってくれているようで嬉しいよ」とおっしゃってからは、隠すのを我慢するようにしている。 「横髪も随分と長くなった。そうだね、片方だけ編むのも似合いそうだ」  下を向いているせいで頬を覆っていた髪の毛を、右側だけ耳に優しくかけられる。そうして露わになった耳たぶを、殿下の口にパクリと食べられた。チュッと吸われ、カリッと優しく噛まれるだけで……恥ずかしいほど不浄の場所が大きくなってしまった。 「ルナ……、わたしの愛しいルナ……」  気がつけば夜着を脱がされ、殿下の手と唇が素肌に触れている状態だった。  吐息のような声で名を呼ばれ、うなじを伝う熱い舌を感じるたびに全身がビクビクと震える。うつ伏せで露わになったうなじから背骨、腰へと口づけられるだけで力が抜けそうになった。  上半身を支える腕はガクガク震え、腰もわずかに前後に揺れてしまう。そうして最後に殿下のものを受け入れるときには、漏れ出る声を我慢することができなくなっていた。 「はぅ……っ、んく、ぅっ。んんっ、ん、ぁ、ぁあ……っ」 「随分と奥まで入るようになった……。あぁ、先が吸いついてきて、これでは長くはもたないな……」 「あ、ぁ……っ。そこは、だめ、……っ! でん、か……っ」 「ルナ、殿下じゃないだろう?」  背中に殿下の熱を感じ、「ほら」という声と一緒に殿下の熱くて硬いものがググッと内臓を押し上げる。  それはとても苦しいはずなのに、気がつけばお腹の内側が震えるほど気持ちよく感じるようになっていた。腰は心配になるくらいガクガクと震え、太もももブルブルして力が抜けそうになる。 「あ、あ――――! あぁっ、そこは、ぃや……っ。んぅ、ぁ、ぁ、あ、あ……!」 「ほら、ルナ……、呼んで?」 「ぅ、ふぁ……っ。殿下、ぅ、ウィル、さまぁ……!」 「……っ、あぁ、蜜のような声で呼ばれると、どうにも堪えきれなくなる……」  ズゥンと奥深くを開かれ、頭の奥がチカチカとしてきた。背後から腰を押しつけられ、ついには腕の力が抜けて上半身がカクンと崩れ落ちてしまった。 「きみとハルトが婚約すると聞いたとき、すべてを失ったような気持ちになった。さすがのわたしも国外にいては、うまく事を進められないからね……。あのときはただの愚かな弟に育ったのかと嘆きもしたが、いまはハルトが思うとおりの弟のままでよかったと思っている」 「ふぁ、ぁ、あ――――!」 「我が妃候補たちも思ったとおりに動いてくれた。中でもベアータ殿は一番の功績者だから、そのままハルトの隣をあげることにした」 「ひぁ、ぁ、ふぁ、ぁ、ん――――っ! ぁ、やだ、いっしょに、さわった、ら、ぁ……っ」 「大急ぎできみを囲う仕上げを進めたけれど、すべて間に合って本当によかった……。あぁ、中もトロトロに蕩けて、こちらもぐっしょり濡れて……。さぁ、どちらで先にいきたい?」 「やぁ! 一緒は、いや、ひっ、ひぅ、ふぁ、ぁ、あ!」 「じゃあ、両方いこうか。……ほら、奥でわたしのをしっかり飲み込んで」 「や、あ……! ウィルさ、いく、いって、しま、から、ぁ、ああ――――!」 「ん……っ、ふ、」  殿下の言葉はうまく聞き取ることができないのに、体の奥のドクンという鼓動ははっきりと聞こえた。 (あぁ、殿下が……、ウィル様がわたしの中に……)  それだけで下腹部にギュギュッと力が入り、もっとと強請るようにウィル様の腰に尻を押しつけてしまう。  ウィル様のまだ硬いものが中を満遍なく擦るように動きながら、手はわたしの不浄のものを擦り続けていた。クチュクチュと音がするから、きっと今夜もウィル様の手をぐっしょりと濡らすほど出してしまったに違いない。 (早く、拭き取らなくては……)  そう思うのは、このままではウィル様がわたしの出したそれを口にしてしまわれるからだ。そんなものをと毎回思うのだけれど、いつも直後は脱力しているせいかお止めすることができないでいた。 「今夜のルナも甘いね」  あぁ、今夜もやはり口にされたのだ。あまりのことに恥ずかしく思いながらも、なんとか口を開く。 「……そのような、ものを、口にしては、」 「ルナの全部はわたしのものだからね。……体が慣れてきたようだし、あと一回、できるかな」 「殿下、」 「ルナ」 「……ウィルさま、」 「そう、殿下なんてよそよそしい呼び方はやめよう。あぁほら、そんなに怯えないで、無茶なことはしないから。ただもう一度、ルナの中を味わいたいだけなんだ」  とろりと蕩けるような緑眼でそんなことを言われてしまったら、わたしに否と言うことはできない。 (それに、本当はわたしだって……)  浅ましく恥ずかしい願いだと思うと、けっして口にはできないけれど。  それから二度、殿下を体内に迎え入れた。最後はほとんど記憶がなかったけれど、翌日の昼前にはベッドから出ることができた。きっと殿下がおっしゃったとおり、無茶なことをされなかったから……なのかもしれない。  ・・・・  エルラーン王太子殿下は、やや濃い肌色に黒髪をした精悍な顔立ちの方だった。王太子という立場にありながら気さくな性格は、ウィラクリフ殿下と似ていらっしゃるかもしれない。 「たしかにこれだけの美女ならば、あのときウィル殿が慌てふためいていたのもわかるな」 「美女というのは……」 「あぁ、これは失礼した。あまりに美しいゆえの言葉のあやだ。許してほしい」 「いえ、あの、」  手を取られ、手袋の上からとはいえ甲にキスを受けるのは正解なのだろうか……。  こういう行為はご令嬢方がされることであって、いくらウィラクリフ殿下の伴侶とはいえ男のわたしが受けるものではないような気がする。 「これだからエルラーン殿には会わせたくなかったんだ。そうやって、すぐに色目を使う」 「おっと、それは随分な表現だな。そんなことを言われるような振る舞いをした覚えはないぞ?」 「嘘はいけない。あちこちの国に恋人がいるだろう? それも男女問わず」 「それは事実だが、不誠実なことはしていないぞ? 皆平等に愛している」 「愛している」という言葉にドキッとした。エルラーン殿下の国では、男女問わず愛を口にするのが日常なのだとリードベル教授に聞いていたけれど、どうやら本当だったらしい。 「しかし、想像していたよりもずっと美しくていらっしゃるな。このような佳人には、いままでお目にかかったことがない。幼い頃に一目惚れしたというウィル殿のお気持ち、十分に理解できる」 「ルナの美しさは容姿だけじゃない。勤勉で努力家で、なにより慎み深い」 「なるほど、昼は淑女で夜は娼婦というやつか。世の男たちの理想だな」 「おまえという男は……」  珍しい口調に、隣に立つ殿下をそっと見上げる。苦笑にも見える表情はとても親しげで、それだけエルラーン殿下との仲の良さが窺い知れた。 「何にせよ、貴殿が無事に王太子妃となられて安堵していたのだ。これで弟などに持っていかれでもしていたら、それこそこの国は大変なことになっていただろうからな。あのときのウィル殿ときたら、眠れる獅子が目覚めたのかとわたしでさえ肝を冷やしたものだ。いやはや本当によかった」  眠れる獅子とは、ウィラクリフ殿下のことだろうか?  そのような例えられ方を聞いたのは初めてだった。こんなに穏やかで優しく民からも愛されている殿下が、獰猛だと言われる獅子のようだったとは……? 「エルラーン殿、余計なことを口にしては身を滅ぼしかねないよ?」 「……おっと、これは失言だったな、ウィラクリフ殿下」  エルラーン殿下が、両手を上げながら笑っていらっしゃる。お二人の様子から気心が知れた仲だとはわかったけれど……気のせいでなければ、いまはどちらの目もあまり笑っていらっしゃらないような気がする。 「さて、せっかくウィル殿の掌中の珠を前にしているのだから、一曲お相手願えると嬉しいのだが」 「……殿下」 「うん、行っておいで。あぁでも、もし不埒なことをされそうになったら思い切り足を踏んでやるんだよ?」 「それは怖いな。ははは、そう睨むな。さすがに友の伴侶に手を出したりはしない。さぁ、こちらへ」 「はい。……あの、よろしくお願いします」  ウィラクリフ殿下とは踊ったことがあるけれど、ほかの方とは初めてで緊張してしまう。しかもお相手は隣国の王太子殿下だ。それに大勢の目もある。  ガチガチに緊張しているのが伝わったのか、エルラーン殿下がニコリと微笑まれ、「大丈夫、ただわたしについてくればいい」とおっしゃってくださった。  その言葉どおり、エルラーン殿下の動きはとても優美で、ただついていくだけでわたしまでダンスが上手になった気がした。  無事に一曲が終わり、ホッと胸を撫で下ろす。足も踏まなかったし、(つまず)くようなこともなかった。これならウィラクリフ殿下の伴侶として恥ずかしくない姿だったに違いない。  少しの達成感を味わいながらエルラーン殿下を見上げ、お礼を告げようとしたとき、フッとスパイスのような香りが強くなったような気がした。ハッとしたときにはエルラーン殿下の顔がすぐ近くにあり、驚きのあまり体をすくませてしまった。  そんなわたしの様子を「フッ」とお笑いになったエルラーン殿下の口が、わたしの耳元に近づいてくる。 「貴殿はまさにウィル殿の掌中の珠、ドラゴンの宝珠だ。くれぐれも御身、ご自愛なされよ。それがこの国の、ひいては我が国を含めた近隣諸国の平和と安寧に繋がる」 「え……?」 「エルニース殿のダンスの腕前、なかなかのものだ。さすがウィル殿の伴侶でいらっしゃる」 「あの……」  エルラーン殿下の顔が遠のくのと同時にスパイスのような香りも薄れた。言葉の内容を確かめようとエルラーン殿下を見上げたけれど、大きな声でダンスを褒められ、慌ててお辞儀をする。  そんなわたしの背中に温かな手が触れた。 「我が伴侶とのダンスは天にも昇る心地だろう?」 「たしかにウィル殿が自慢するだけのことはあった。さすが大国の王太子妃だ」  エルラーン殿下の声に、周囲の貴族たちがざわつくのを感じた。 (そのような大きな声で……)  隣国の王太子殿下に褒めていただけるほどの実力でないことは、自分が一番よくわかっている。そもそも女性側の動きを男の自分がしているのだから、端から見れば滑稽なものだろう。大勢の貴族がそう思っているだろうこともわかっていた。  それを大袈裟に褒めていただいては、あまりにも恐れ多い。 「これでエルニース殿の株も上がったか」 「エルラーン王太子殿下が機嫌よく褒めたのだから、貴族たちはますます目の色を変えるだろうね」 「ふむ、それでは別にわたしが口を出さずともよかったのではないか?」 「いや、できる限り足元を固めておくに越したことはない。それに、愚かな妄想を抱く輩は早々に潰しておきたいのだよ」 「ははは、ウィル殿は変わらんな。まぁ、多少なりと役に立ったのならいい。これで貸し借りはなしだ」 「おや、この程度のこと借りだとは思っていないよ? もちろん貴国にもっとも長く滞在したことも、我が親友殿と呼ぶことも貸しだとは考えていない」 「これだからウィル殿は油断ならないというのだ。エルニース殿、ウィル殿に抱き潰されぬよう気をつけられよ。ほら、うなじにそのような色気をつけたままでは、野獣どもの妄想の餌食にされてしまうぞ?」 (うなじ……?)  そっとうなじを指で触り、何のことだろうと考え、ハッとした。 (もしかして、昨夜の……!)  昨夜、いつもより念入りに何度も首のあたりにキスをされたような記憶がある。そのときチクッとすることがあったけれど、そういう痛みを伴うキスというのは印をつけるためのものだと知ったのは少し前だ。それも入浴のときキルトに指摘されて知ったことで、「それだけ愛されているってことですよー」というキルトの声を思い出して全身がカッと熱くなった。 (印というのは、そういう行為をした証じゃないか……!)  それを他人に知られるのは、とんでもなく恥ずかしいことだ。伴侶だから行為に至るのは普通だとしても、わざわざ他人に知られたいとは思わない。しかも隣国の王太子殿下に知られるなど、羞恥のあまり顔から火が出そうになる。 「我が伴侶をからかうのはやめてくれないかな」 「なんだ、やっぱり自慢したかったんじゃないか」  わたしはこんなにも恥ずかしく思っているのに、お二人は楽しそうに笑っていらっしゃる。その様子に、こういう話題は普通のことなのだろうかと思った。社交界では言外に下世話なことを口にする場合もあると聞いていたけれど、これもそういう言葉遊びの一種なのか……わたしには、さっぱりわからない。 「さて、わたしはもう少し美しい姫君たちと踊ることにしようか」 「ほどほどに頼むよ」 「ウィル殿に迷惑はかけないさ。そうだ、エルニース殿、残り二日間のパーティでもお相手していただけるだろうか」 「……あの、」 「ルナが嫌でなければ、お相手して差し上げるといい」 「そんな、嫌などと恐れ多いことを思うはずがありません。あの、わたしでよければ謹んでお受けいたします」 「よかった。これで二日間の楽しみが増えるというものだ」  ニコニコと満面の笑みを浮かべたエルラーン殿下は、その後も主要な貴族のご令嬢方と存分にダンスを楽しまれたそうだ。わたしはというと慣れない緊張もあり、ウィラクリフ殿下に促されて早めに退席させてもらった。  緊張と羞恥とでぐったりしていたわたしだけれど、結局この日の夜も殿下を受け入れ、うなじに新しい印を付けられることになった。それを二日間ともエルラーン殿下に指摘され、全身カッと熱くなりながらも、どこか嬉しいと思っている自分がいた。

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