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 翌日、わたしは王城内を歩くのをやめると殿下にお伝えすることにした。 「王城内の散策をやめる?」 「はい。きっとこれまでも大勢に迷惑をかけていたと思うんです。だから、歩き回るなら王太子宮の中だけにしようかと……。それならメリアンやキルトも近くにいますし、どなたかに呼びに来ていただく手間もかけずに済みますし」 「ルナが気にするようなことは何もないんだけれどね」 「ただでさえ侍女を連れずに出歩く我が儘を許していただいていたのですから、これ以上の我が儘はよくありません。それに、今回のことでは殿下にもご迷惑をおかけしましたし、これ以上執務の邪魔をするわけにもいきません」  寝込んだ二日目、殿下は執務室に行くことなく眠っている間もずっとそばにいてくださったのだと後から聞いた。ベッドの傍らで仕事をされていたとは聞いたけれど、それでも執務の邪魔をしたことには変わりない。それにすっかりよくなった三日目も何度も様子を見にいらっしゃった。あれでは満足に執務が進まなかったに違いない。  王太子の務めを邪魔してしまうなど、殿下の伴侶として絶対にやってはならないことだ。だから自分の我が儘を通してまで一人で出歩くことはできない。 「ルナがそれでいいと言うのなら構わないけれど」 「はい、殿下のお手を煩わせるようなことはしたくありませんから」 「ふふっ。わたしのため、ね」 「殿下?」  髪を撫でている殿下がとても楽しそうな顔に変わった。 「しかし、それではルナが退屈してしまうだろう。……そうだ、それなら星見の塔を建てようか」 「星見の塔?」 「エルラーン殿下の宮殿にあった建物で、それは素晴らしいものだった。いつかは造りたいと思って準備だけはしていてね。うん、この際だから王太子宮の隣に造るとしよう」  そう微笑んだ殿下が大きな紙の束を広げた。そこにあったのは建物の図面で、植物や家具などの配置も細かく描かれている。 「これは……五階建ての塔ですか?」 「七階分の高さを持つ五階建てだよ。エルラーン殿下のところで見たのは十五階分くらいあったかな。昔は星の動きを観察するためのものだったそうだけれど、いまは王族の娯楽用として使われているそうでね。塔自体はそれほど広くないものの、そのぶん高くてとてもよい眺めだった。ああいった景色をルナにも見せたいとずっと思っていたんだ」  小高い場所にある王城なら、七階分ほどの高さで十分よい眺めになるらしい。エルラーン殿下のところで見た塔とは高さだけでなく中の部屋も違うのだと、殿下が図面を指でなぞっていらっしゃる。  一階には書棚や給湯のための小部屋があり、侍女たちが控える部屋があった。二階と三階は吹き抜けになっていて、回廊のような階段と途中に休憩用の椅子、それに景色を眺めるための窓があちこちに描かれている。四階には庭園にも見える植物があふれる談話室が、最上階の五階には外を眺めながらゆっくりとくつろげる部屋まであった。そこには寝椅子にしては大きすぎる家具の絵が描かれていて、見間違いでなければ小振りな浴場らしきものも描かれている。 「殿下、この最上階は寝室ですか?」 「そうだよ。ここで一晩中星を眺められるように、そのまま寝てしまっても大丈夫な部屋を作ろうと思ってね」 「一晩中、星を……。それはとても素敵ですね」  小さい頃から大好きだった星の観察記録本のことを思い出した。どの季節の星空も美しいと思うけれど、一番は空気が澄んでいる冬だろう。とくに冬の大星座は、この国でもよく観察できて圧巻なのだと観察記録本には書かれていた。  幼い頃から、いつかは自分の目で見てみたいと思っていた。しかしあまりの寒さに外で観察し続けるのは難しく、いままで一晩中眺めることに成功したことは一度もない。しかしこの塔なら、きっと明けの綺羅星まで見られるに違いない。そう考えるだけで子ども頃のように胸が高鳴った。初めて星の本を見たときのように気分が高揚してくる。 (そういえば初めて星の本をくれたのは母上だった)  小さな子どもでも楽しめるようにと、最初にもらった本にはたくさんの星空の絵が描かれていた。あまりに美しい絵に夢中になったわたしは、毎晩のように寝る直前まで眺めていたのを思い出す。  それだけ大好きだった絵本なのに、いまはどこにいってしまったのかわからない。母上が亡くなってからは見るのがつらくなり、どこかに押し込んでしまったのだろう。 「小さい頃、ルナがうれしそうに星の本を見せてくれたのが忘れられなくてね。それでいつか心ゆくまで星を眺められるところに連れて行きたいと思っていたんだ」 「その本は、おそらく母がくれたものだと思います」 「なるほど。それで三回とも大事に持っていたのか」 「あの本はとても気に入っていて、いつも持ち歩いていました」  うっすらと幼い頃のことが蘇ってきた。わたしはお気に入りのあの本を持ち、綺麗なドレスを着た母上に連れられてとても大きなお屋敷に行ったような気がする。そこは見たことがないほど美しいところで、母上と同じように綺麗なドレスを着た誰かがいた。 (……あれは王女殿下に見せていただいたあの庭のある場所だ)  里帰りされた王女殿下にお招きいただいた庭と、記憶の中の庭がぴたりと重なった。その庭で星の本を読んでいたことを思い出す。……いや、わたし一人ではなく誰か一緒だった気がする。 (あれはたしか……緑色の目の男の子、だったかな)  緑色の瞳に栗色の髪の毛をした……いや、金髪だった気もする。それとも栗色の髪の子と金髪の子の二人がいたのだろうか。思い出そうとするけれど、どうもはっきりしない。 (年上の男の子だったのは間違いないんだけど……)  わたしより年上の男の子で、絵本を覗き込む髪は金色よりも少し濃い栗色……いや、違う。はじめは金色の髪の子で、そのあと栗色の髪をした大きな男の子がやって来た。すると金色の髪の子がいなくなり、次に王城に行ったときには栗色の髪の子しかいなかった。 (……駄目だ。ぼんやりとしていてはっきりとしない)  はっきりとは思い出せないけれど、あのとき殿下にお目にかかったに違いない。 「あのお庭でお目にかかったとき、星の本の話をしたんですね」 「そう考えると、初対面のときも再会したときも、ルナとは本の話をすることで打ち解けたことになるね」 「たしかに」 「では本が結んだ縁というわけだ」  微笑む殿下にわたしもにこりと微笑み返した。  もし絵本を持っていなければ、幼いわたしに殿下が声をかけてくださることはなかっただろう。お詫び行脚だと屋敷にいらっしゃったとき、本がなければ親しく言葉を交わすこともできなかった。そう思うと、たしかに本が殿下との仲を取り持ってくれたと言ってもいいかもしれない。 「初めてきみを見たとき、星の本を持った天の使いかと思ったんだ。そのくらいルナは可愛くて、そして美しかった」 「あのときはまだ四歳になる前です。その、美しいというのは……」 「年齢など関係ない。わたしにはルナが何よりも美しく見えたんだ。艶やかな黒髪もキラキラした灰青色の目も、赤い唇も乳白色の肌も、すべてが美しかった」 「殿下……」  段々と恥ずかしくなり、殿下の緑眼から顔を隠すように俯く。 「あの頃からルナはずっと美しいままだ。もちろん見た目だけじゃなく内面もね。勤勉で努力家で、それでいて純粋なままで……わたしが恋をし、ほしいと願ったルナのままだ」 「殿下……?」  最後のほうが聞き取れなくて顔を上げると、頬と唇に口づけられた。それだけで全身の熱が少し上がった気がした。  口づけながら唇を甘く噛まれ体が震えた。舌を絡ませながら夜着をほどいていく殿下の手に鼓動が早まる。わたしも同じようにしたいけれど、口づけで頭がぼうっとしているからか上着のボタンを外すのが精一杯だった。 (殿下に触れてほしい……わたしも、殿下に触れたい)  はじめはあんなに恥ずかしかったこの行為も、気がつけば自ら求めるようになっていた。  夜着を剥ぎ取られたわたしは、殿下に抱え上げられベッドに運ばれた。そうしてあちこちに口づけられて肌が粟立つ。そうされることがうれしくてたまらないのに、どうしても恥ずかしさは否めない。 「準備をしようか」 「……はい」  殿下の熱い吐息が耳に触れ、ドクンと大きく鼓動が跳ねた。緊張しながらも足を開き殿下の指を迎え入れる。  潤滑剤で濡れた殿下の指が一本、中をほぐすように何度も出入りするのを感じた。そのうち二本、三本と増え、ビリビリする場所を揉むように擦られる。そうしながら潤滑剤の入った小さな水差しの注ぎ口を差し込まれ、中の奥まで潤すように注ぎ込まれた。 「ん……っ」 「そろそろ大丈夫かな」  具合を確かめるように動いた指がゆっくりと抜けていく。それだけでわたしの不浄の場所がぷるんと震え、とろりと欲望を滴らせる。 「今日はこのままでしたい」 「この、まま……?」 「いつもは苦しくないようにと思って後ろからしているけれど、抱き合いながらしたい」  緑眼がいつにも増してキラキラと輝いていた。 「抱き合いながらルナを感じたい」  殿下の言葉に小さく頷く。それに微笑んだ殿下が、ぐぅっとわたしの太ももを持ち上げた。そうしてあらぬところが晒されたところで、潤滑剤で濡れそぼった場所に殿下の硬いものが押し当てられる。 「あっ」と思ったときには、グヌゥと押し開かれていた。そのままとてつもない圧迫感が内蔵を開いていく感覚に体がブルブルと震える。痛みはないものの、いつもと違い腰が持ち上がっているからか息が苦しくなった。それでもやめてほしくなくて、太ももを掴む殿下の手に縋りつくように手を這わせる。 「は、ぅぁ……っ! ん、んぁ、ぁあ……!」 「ふふ、甘く蕩けた顔を見ながらというのは、とても興奮するね」 「ひぅ! や、ぁっ、そこ、こすら、……ぃで、や……、ひっ、ひぅ!」  硬いものでビリビリするところを押し込まれ腰が跳ねた。ゾクゾクと震えるような快感が背中を這い上がる。 「反り返っているから、ちょうどよく当たるだろう……? ほら、ルナが気持ちいいとよく鳴いてしまうところだよ」 「ひあ、ぁ! ぁ、ぁふ、ふっ、ふや、ぁ!」 「あぁ、一度果てたこちらもまた泣き出した。あぁ、これは子種ではないね。……味はそれほどしないかな」  不浄の場所を殿下の指が撫でている。そんなことをさせてはいけない思っているのに、全身が震えて手を止めることができない。それどころか、撫でられるたびに持ち上げられた足が揺れ、口からはみっともない声ばかり出てしまった。 「子種の代わりに潮を出すなんて、ルナはとても優秀だね。それに……ほら、ここもすっかりわたしの形を覚えてしまった」  パチュ、パチュンと肌がぶつかる音と殿下の声が重なる。殿下の声は聞こえるのに理解することができず、これ以上の快感が怖くて頭を振ることしかできなかった。 「ぁっ、ぁぁ、あぁっ、ああ……!」  うねるように中が震え出し、そうなることが信じられないほど気持ちいい。気持ちがよくて頭がおかしくなりそうだった。いつもよりもずっと大きな快感に襲いかかられているような気がして涙がこぼれ落ちる。  濡れた目尻を殿下の指がするりと撫でた。そのまま頬を撫で、それから喘ぐ唇に触れる。 「余計なものを排除しながら、時間をかけてこの手に囲う準備をしてきた。そうして心を手に入れ……」 「あぁっ!」 「こうして体も手に入れた。そして今度はきみ自身が王太子宮の外に出ないと決断した。そう、きみは自らわたしの腕の中にいることを選んだ。わたしの腕から出ないと決めた」 「ひっ、ふぁ、ぁ……っ」  開きっぱなしの口の中に指が入ってきた。その指が舌を摘むようにいじり、上顎をするりと撫でる。 「ルナのすべてを手に入れることができたと安心したからか、余計なことまで話してしまうな。きみには聞こえていないだろうけれど、わたしの中にもまだ憐憫という気持ちがあったようだよ。可愛いルナ、美しいルナ、わたしに捕まってしまったかわいそうなルナ」  足をますます持ち上げられ息が詰まる。顎を上げながら息を吸おうと口を開いたところで、さらに体の奥を開かれ目を見開いた。 「これからもわたしが大事に守ってあげよう。そのためには優秀な王太子にも賢王にもなろう。愛しいルナ、わたしだけのルナ。きみさえそばにいてくれれば、それだけでわたしは幸せなんだよ」  殿下の言葉が、ただただ耳を滑り落ちていく。声と一緒に腰をグッグッと押しつけられ、ヌプと引き抜かれ、悲鳴のような声を上げてしまった。ググゥと押しつけられる感覚に全身が震え、見開いた先に星が瞬く。 「あぅ、んっ、っ――――!」  奥に硬く大きな圧迫感を感じて再び悲鳴のような声が上がった。しかし声が漏れたのは一瞬で、殿下の唇に塞がれて一瞬の呼吸すら漏らすことができなくなる。体中が苦しい。息ができず意識が遠のく中、凄まじいまでの快感が腰から背中を駆け上がり、頭にぶつかって激しい明滅をくり返した。  あぁ、駄目だ、きっと耐えられない――。  ブワッと広がった感覚に腰がビクンと跳ね、その動きさえも殿下に押さえ込まれたまま、わたしの意識は少しずつ薄らいでいった。

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