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オレの指先がまたラフィオの花の色に染まる前、オレはこの聖シルル国の中心である王都のさらにど真ん中、当代聖シルル国王の居城である城に居た。
────異世界から召喚された使者……の、おまけとして。
「……」
『おまけ』の一言に気が落ち込みかけたけれど、遠くに見える綺麗な赤い耳を見て首を振る。
気を取り直してそんなことを考えずに、急いで仕事を終わらせてしまおうと花に手を伸ばすも、またも棘を刺して大きく飛び跳ねてしまった。
この世界に、兄のかすがが神からの使者……聖シルル王国では巫女、男だと男巫女として元の世界から召喚されたのが十二年前、その時一緒に巻き込まれたオレはまだ小学校に入る前で何もわからない小さな子供だった。いきなり日本語の通じない、しかも明らかにテレビの中でしか見たことの無いような獣の耳付き尻尾付きの人々に迫られて、驚いて泣きじゃくるオレをかすが兄さんがしっかり抱き締めていてくれた腕の力を今でもしっかりと覚えている。
年が離れていたとは言え、その当時のかすが兄さんは今のオレよりも年下で……
それなのにオレのことを守って支えて、この世界のことを学びつつ、そして男巫女としての役割もこなしていたのだから、改めて凄い人だと思う。
聖銀で形作られた神の寵児
銀糸で編まれた神の現身
天上に咲き誇る銀の花束
それからなんて言われていたかな?とにかく二つ名の多い男巫女の歩いた後には銀の花が咲く なんて、尾びれ背びれがついた噂がここには届いていたけれど、なまじ嘘に思えないのは実物を知っているからだ。
元々、カッコイイ方の顔立ちだったと覚えているけれど、こちらの世界に来てからのその美貌の磨かれっぷりは凄くて、身内であるオレですら久しぶりに会うと戸惑ってしまうほどに神々しく煌めいて見えた。
いや、煌めいて見えたって言う言葉は相応しくなくて、実際にキラキラしているのかもしれない。
召喚された当初はオレと同じ黒髪黒目だったのに、この世界で一年 二年 って過ごすうちにかすが兄さんの髪や肌がどんどん白くなっていって……今では本当に銀で出来ているみたいな髪と瞳になっている。
幼い頃はそれが奇妙で恐ろしくて、どうして?ってかすが兄さんに縋りついて泣きじゃくるオレを、『神様は漂白剤だから』なんてふざけた言葉で慰めようとしてくれたのもいい思い出だ。
神の力に触れ続けたらそうなるのだ と、今ではこちらの常識も身について来たから、そうなんだって理解もできるけれど、当時はただただ兄を変えていく存在が恐ろしくて仕方がなかった。
「でも、外見は変わっても、兄さんは兄さんだったんだよな」
そろりと口から出した指先の血が止まったのを確認して、花を再び摘み出していると「会いたいなぁ」って言葉がぽろりと漏れる。
この世界を救うための召喚とは言えお父さんとお母さんから突然引き離されて、良くわからないままこの世界で生活して行かなくちゃいけなかったから、どうしてもかすが兄さんに依存してしまっていたのは自覚している。
かすが兄さんの服の裾を握り締めていないと不安で不安で仕方なくて、小さい頃は情緒不安定になったりもした、だから、余程危険な場所に赴く以外では傍を離れたことはなくて、一年なんて長く離れたのは初めてだった。
初めてで、きっとこれからも会うことはない、うぅん……会うなんてしちゃいけないんだ……
「 はい!これも足して!」
そう声が聞こえて花籠の中にどさどさっと細長い花弁が足された。
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